こんにちは!
今回は、フェルメールの作品全37点を紹介します。
早速見ていきましょう!
フェルメールの現存作品全37点
フェルメールは、画家として活躍した約20年の間に、なんと50数点しか制作しませんでした。
そのうち現存するのはわずか37点だけです。
さらに、その37点の中には、真贋がはっきりしていない作品も含まれています。
37点の内訳は、室内画30点(単身女性像17点、単身男性像2点、2人以上11点)、歴史画3点、トローニー2点、風景画2点です。
フェルメールが画家としてキャリアをスタートした翌年の1654年に、デルフトの火薬庫が大爆発し、大規模な火災が発生したため、彼の初期の作品が焼失した可能性が高いといわれています。
当初は歴史画を描いていたので、この火事がなければもっとたくさんの歴史画があったのかもしれません。
聖プラクセディス
ヨハネス・フェルメールに帰属《聖プラクセディス》1655年
さっそく真作か怪しい作品の登場です。フェルメール作ではない可能性の方が高いとされています。
美術館のプレートを見ていると「〜に帰属」と書いてあるものがたまに(よく?)ありますが、これは真贋がはっきりしていないという意味です。
この絵は、東京の国立西洋美術館に寄託されているので、そこで見ることができます。
マリアとマルタの家のキリスト
ヨハネス・フェルメール《マリアとマルタの家のキリスト》1654-1656年頃
フェルメール作品の中で一番大きいサイズの絵です。
ディアナとニンフたち
ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》1653-1654年頃
真作派が多数ですが、一部ではフェルメール作ではないのでは?といわれている作品です。
取り持ち女
ヨハネス・フェルメール《取り持ち女》1656年
眠る女
ヨハネス・フェルメール《眠る女》1656-1657年
士官と笑う娘
ヨハネス・フェルメール《士官と笑う娘》1657年頃
小路
ヨハネス・フェルメール《小路》1658年頃
紳士とワインを飲む女
ヨハネス・フェルメール《紳士とワインを飲む女》1658-1660年頃
ワイングラスを持つ娘
ヨハネス・フェルメール《ワイングラスを持つ娘》1658-1659年
中断された音楽の稽古
ヨハネス・フェルメール《中断された音楽の稽古》1658-1659年
窓辺で手紙を読む女
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》1659年 修復前
2017年から始まった修復作業で、本当は壁にキューピッドの絵があったのに、フェルメールの死後誰かが塗りつぶしていたことが判明した絵です。
詳細はこちら↓
牛乳を注ぐ女
ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女》1660年頃
フェルメールの代表作の一つです。詳細はこちら↓
デルフトの眺望
ヨハネス・フェルメール《デルフトの眺望》1660-1661年
水差しを持つ女
ヨハネス・フェルメール《水差しを持つ女》1662年
真珠の首飾りの女
ヨハネス・フェルメール《真珠の首飾りの女》1662年頃
リュートを調弦する女
ヨハネス・フェルメール《リュートを調弦する女》1662-1663年
音楽の稽古
ヨハネス・フェルメール《音楽の稽古》1662-1665年
青衣の女
ヨハネス・フェルメール《青衣の女》1663年
天秤を持つ女
ヨハネス・フェルメール《天秤を持つ女》1664年
手紙を書く女
ヨハネス・フェルメール《手紙を書く女》1665年
赤い帽子の女
ヨハネス・フェルメール《赤い帽子の女》1665-1666年
他のフェルメール作品に比べて例外的にサイズが小さく、キャンバスではなく板に描かれていることなど異例の作品で、真作か非常にあやしい絵です。
真珠の耳飾りの少女
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》1665年
フェルメールといえばこの作品ですね。詳細はこちら↓
合奏
ヨハネス・フェルメール《合奏》1665年頃
1990年に所蔵先のイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から盗まれ、現在も行方不明のままです。
フルートを持つ女
ヨハネス・フェルメールに帰属《フルートを持つ女》1665-1675年
保存状態が悪く、出来栄えも他の作品に比べて劣るため、真作ではないと考える研究者が多い作品です。
本作品と《赤い帽子の女》のみが板に描かれています。
少女
ヨハネス・フェルメール《少女》1665-1667年
婦人と召使
ヨハネス・フェルメール《婦人と召使》1666-1667年
絵画芸術
ヨハネス・フェルメール《絵画芸術》1666-1668年
天文学者
ヨハネス・フェルメール《天文学者》1668年
モデルは、交友関係のあった同郷の科学者レーウェンフックだと推測されています。
彼は、歴史上初めて顕微鏡を使って微生物や精子を発見した人物でした。
レーウェンフックは、フェルメールの死後、遺産管財人を務めました。
地理学者
ヨハネス・フェルメール《地理学者》1669年
同じく科学者レーウェンフックがモデルだとされていますが、正確にはわかっていません。
彼が着ているのは日本の着物です。
レースを編む女
ヨハネス・フェルメール《レースを編む女》1669年
ルノワールとゴッホが賞賛した作品です。
時間がかかるレース編みに集中している=悪徳に染まる機会が多い外出を控え、家事に集中する女性として「美徳」を表しています。
恋文
ヨハネス・フェルメール《恋文》1669年頃
手紙を書く婦人と召使
ヨハネス・フェルメール《手紙を書く婦人と召使》1670年
信仰の寓意
ヨハネス・フェルメール《信仰の寓意》1670-1672年
ヴァージナルの前に立つ女
ヨハネス・フェルメール《ヴァージナルの前に立つ女》1670-1672年頃
ヴァージナルは、当時の家庭用鍵盤楽器です。
ヴァージナルの前に座る若い女
ヨハネス・フェルメール《ヴァージナルの前に座る若い女》1670-1672年頃
こちらも真贋が微妙な作品です。一応真作ということになっています。
ギターを弾く女
ヨハネス・フェルメール《ギターを弾く女》1672年
ヴァージナルの前に座る女
ヨハネス・フェルメール《ヴァージナルの前に座る女》1670-1672年頃
一応真作ということになっていますが、絶頂期の作品に比べ、明らかに画力が落ちているため偽物の可能性も…。
本物だとしたら、これがフェルメールの絶筆だと考えられています。
真贋がはっきりしない理由
フェルメールの絵はどれもきわめて小型なこと、どこかにまだ知られざる作品が埋もれている可能性が高いこと、意外に真似しやすいことから、相当数の贋作が混ざっているのでは?とよく言われています。
というのも、第二次世界大戦直後に世界美術市場を震撼させた「メーヘレン事件」のこともあるからです。
どんな事件かというと…
フェルメールの幻の作品《エマオの晩餐》が発見され、マウリッツハイツ美術館の館長を務めた当時の美術界の重鎮がこの作品をフェルメールの真作と判定しました。
大金で購入されてオランダの宝となったこの絵が、実は売れない画家メーヘレンの手による贋作だということを本人が白状し、さらに裁判所で皆の前で実際に描いて証明しました。
さらに、事を紛らわしくさせているのは、晩年のフェルメールの作品はあまり質が良くなくなく、病気などで力が衰えたからこの出来栄えなのか、偽物なのか判断するのが難しいそう。
メーヘレンが描いた11点のフェルメール
↓こちらに天才贋作師メーヘレンが描いたフェルメールの絵全11点をまとめています。