フェルメール「天文学者」を超解説!神秘への期待を描いた絵?

こんにちは!

今回は、フェルメールの《天文学者》についてです。

早速見ていきましょう!

天文学者

ヨハネス・フェルメール《天文学者》1668年

天文学者が薄明りの書斎で仕事をしています。

椅子から少し腰を上げ、机上の天球儀を指先で静かに回しています。

モデルは有名な学者?

 

この絵のモデルは、オランダの著名な生物学者であるアントニ・ファン・レーウェンフックだと言われています。

レーウェンフックは、自作の顕微鏡を使って歴史上はじめて微生物を観察した人物で、精子を発見したことでも有名です。

彼とフェルメールはどちらもデルフト出身で同い年、親しかったようです。

なぜそうだとわかるのかというと、レーウェンフックはフェルメールの遺産管財人になっているからです。

レーウェンフックは歳を重ねるうちに、航海術や天文学に興味を持つようになりました。

ヤン・ヴェルコリェ《アントニ・ファン・レーウェンフックの肖像》1680-1686年

他の画家が描いたレーウェンフックの肖像画は、本作の男性とどこか似ています。

 

しかし、彼がフェルメールのために実際にポーズを取ったかどうかは、はっきりしていません。

フェルメールと同い年のオランダの哲学者バールーフ・デ・スピノザ説もあります。

天文学者の絵が流行った

17 世紀には天文学者の絵が多数制作されており、天文学者を描くというのは珍しいことではありませんでした。

オランダ黄金時代の経済の基盤である海運業にとって、宇宙の研究は大変重要でした。

この作品は、この時代の科学の進歩をも描き出しています。

地球や宇宙への関心

 

ステンドグラスの窓は、フェルメールが部屋に導き入れた光に柔らかな輝きを与えています。

窓の前にある机の上の天球儀を光が照らしています。

天球儀

 

天球儀に手を伸ばしている男性の姿は、その後の天文学の発展を予言しているかのようです。

この時代には地球や宇宙への関心が急速に高まり、多くの商人や学者は自宅に高価な地球儀や天球儀を置いていました。

この天球儀は地図制作者で版画家のヨドクス・ホンディウスが制作したものだとわかっています。

地球儀と天球儀は常にペアで制作されていました。

フェルメール《地理学者》の一部

この天球儀と対になる地球儀は、フェルメールの《地理学者》の背景に描かれています。

アストロラーベ

 

天球儀の前にはアストロラーベが見えます。

この道具は、地平線と関連させて天体の高度を測定する際に使われていました。

アストロラーベは航海にも利用されていました。

実在する本

 

机の上には、天文学者のアドリアーン・アドリアーンスゾーン・メチウスが 1621年に出版した『星の研究と観察』という天文学と地理学に関する本が広げられています。

彼は多くの時間を割いて賢者の石を探していました。

本の開かれたページには、メチウス自身が設計したアストロラーベの絵が描かれています。

隣のページのテキストでは、天文学者は「神からの啓示」を探究するべきだと提案しています。

そのような神聖なひらめきがメチウスのアストロラーベの設計につながったのでしょう。

前述のように、この道具の実物も机の上に置かれています。

星座早見表

 

天文学者の向こうにある木製の戸棚には、さまざまな円が描かれた興味深い図が貼られていて、影がかかっています。

これは星座早見表と考えられます。

さまざまな時間帯の星空の様子を表す調節可能な星図です。

壁の絵にこめられた意味

 

壁に飾られている絵は、「モーセの発見」という、ナイル川に捨てられた幼児モーセが発見された場面を描いたものです。

フェルメールの《手紙を書く婦人と召使》の背景にもこの絵が登場しています。

フェルメールがこの場面をここに描いたのは、モーセが航海と関連付けられているためだと考えられています。

なぜそうなのかというと、彼の人生は海や川と深い関係があること、そしてユダヤの民を「約束の地」まで導いたことから、地理学・天文学にも縁のある人物だからです。

モーセは幼い頃、パピルスのかごに乗せられて川に流されました。

後に大人になってから、敵から逃げるイスラエル人たちが紅海を渡るのを助けました(杖を振って海の水を割るというなんともファンタジーなシーン)。

「地理学者」とコンビ

ヨハネス・フェルメール《地理学者》1669年

18 世紀初め以降、この絵は『地理学者』とともに何度も所有者が変わりました。

そのため、フェルメールはこの 2 点を対になる作品として制作したのだろうと推測されています。

いずれにしろ、2 点の絵画は「書斎で仕事をする学者」という主題のバリエーションです。