こんにちは!
今回は、マグリットのルノワール時代の絵を紹介します。
早速見ていきましょう!
突然のルノワール時代
急に画風が変わった
ルネ・マグリット《さようなら》1943年
マグリットは45歳頃から、突然ルノワール風の印象派的な絵を制作しました。
約4年間続き、裸婦や植物、風景などを主題に、約70点の油彩画と約50点のグワッシュが描かれました。
抑圧の反動
ルネ・マグリット《先見の明》1943年
ドイツ軍占領下のベルギーで陰鬱な生活を送るうちに、彼は明るく幸せに満ちた絵に魅力を感じるようになりました。
ルネ・マグリット《笑顔》1943年
「ドイツ軍の占領は私の芸術に転換をもたらした。戦争の前は、私の絵画は不安を表現していたが、 戦争の体験は私に、芸術における問題は魅惑の表現だということを教えた。私は不愉快な世界で暮らしていた。そして私の作品は一つの反撃を試みたものである。」
冷静な思考の持ち主であるマグリットが、時代の環境に影響され、それを制作に反映したというのは面白いエピソードです。
ルネ・マグリット《第1日》1943年
創世記の冒頭、神が光を生んだ日を「第1日」と言います。
評価は微妙
ルネ・マグリット《収穫》1943年
しかし、ルノワール風の作品たちの評価は、古くからの友人や支持者の間でも賛否が分かれるなど、上手くいったとは言い難く、現在もあまり評価されていません。
ルネ・マグリット《めまい》1943年
お腹に浮かんでいる「arbre」は「木」という意味です。
木に変わってしまう女性の話といえば「アポロンとダフネ」ですね↓
ルネ・マグリット《火災》1943年
戦後の1946年にパリで再会したブルトンからは、とくに非常に厳しい非難を受けています。
マグリットはブルトンに対抗して「陽光のシュルレアリスム」宣言を執筆しています。
ルネ・マグリット《光の理論》1943年
上の絵は、ルノワール最晩年の大作 《浴女たち》が元ネタです。
身体各部を異なる色で塗り分け、両腕 (赤と緑)、 頭と右脚 (オレンジと青)、 胴体と左脚 (紫と黄) というように、それぞれ補色関係にある色彩で塗られています。
《光の理論》というタイトルは、補色の対比で光に満ちた画面を構築した印象派、そしてそれを理論化した新印象派の理論のことでしょうか。
ルネ・マグリット《アングルの良き日々》1943年
上の絵はアングルの《泉》が元ネタです。
ルネ・マグリット《第五シーズン》1943年
ルネ・マグリット《炎の帰還》1943年
ルネ・マグリット《清算》1944年
ルネ・マグリット《吉兆》1944年
ルネ・マグリット《不確定性原理》1944年
ルネ・マグリット《感覚論》1944年
ルネ・マグリット《人気小説》1944年
ルネ・マグリット《幸せな生活》1944年
ルネ・マグリット《雷》1944年
ルネ・マグリット《流星》1945年
ルネ・マグリット《幸運》1945年
マグリットはこの絵について翌年「10点のタブロー」で、「豚がとある墓地を訪れている。 彼は、2本足で立つ人間のような様子をしており、上半身のみが描かれている。 彼は青い上着を着ている。その目つきは厳しく、顔は半ばこちらに向けられている」と語っています。
擬人化された豚の後ろには明るい墓地があり、糸杉が並んでいます。
ルネ・マグリット《千夜一夜物語》1946年
ルネ・マグリット《夢遊病者》1946年
ルネ・マグリット《カットグラス風呂》1946年
ルネ・マグリット《大潮》1946年
ルネ・マグリット《知能》1946年
ルネ・マグリット《喜びの時代》1946年
ルネ・マグリット《炎の海》1946年
ルネ・マグリット《5月の勝利》1946年
この絵を描いた年の春に、戦勝を記念した祝賀会が開催さたことから、その喜びと祝祭の気持ちを込めた作品でしょうか。
ルネ・マグリット《不思議の国のアリス》1946年
ルネ・マグリット《信仰の自由》1946年
ルネ・マグリット《叙情》1947年
ルネ・マグリット《あけましておめでとう》1947年
ルネ・マグリット《賢者のカーニバル》1947年
ルネ・マグリット《忍耐の世紀》
ルネ・マグリット《血の声》
ルネ・マグリット《禁じられた世界》1949年
ルネ・マグリット《約束》1950年
ルネ・マグリット《報われた詩人》1956年
ルネ・マグリット《誘惑者》1960年
ルネ・マグリット《旅行への招待》1961年
ルネ・マグリット《素晴らしいアイデア》1964年