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草間彌生:水玉に魅せられた前衛芸術の女王
世界中で愛される水玉模様のアートといえば、真っ先に名前が挙がるのが前衛芸術家・草間彌生(くさま やよい)さん(以下、敬称略)でしょう。
カボチャの彫刻や鏡の部屋といったユニークな作品で人々を魅了し続ける彼女は、その独創的なスタイルから「前衛の女王」とも呼ばれています。
幼い頃から幻覚や強迫観念に悩まされ、それをアートに昇華することで自分自身を保ってきた草間。
この記事では、彼女の生涯、代表作、創作の背景やエピソードを紹介します。
幼少期:幻覚との出会いと絵のはじまり
《自画像》1995年 © YAYOI KUSAMA
草間彌生は1929年、長野県松本市で種苗商を営む家に生まれました。
子どもの頃から、視界が水玉模様で埋め尽くされる、花が話しかけてくる、そんな幻覚に悩まされていました。
恐怖に包まれるたび、彼女はそれを紙に描き写すことで気持ちを落ち着かせていたそうです。これが、彼女の芸術の原点。
「私はこの水玉一つで立ち向かってやる。これに一切を賭けて、歴史に反旗をひるがえすつもりでいた」
草間はかつてこう語ったと言われています。
《残夢》1949年 © YAYOI KUSAMA
家庭環境は決して穏やかではなく、父の浮気、母の厳しさにも苦しんでいましたが、絵を描くことだけはやめませんでした。
その後、京都市立美術工芸学校(現・京都市立芸術大学)で日本画を学びますが、伝統に縛られた美術の世界に馴染めず、早くも「もっと自由に描きたい」と思い始めていました。
アメリカでの挑戦:前衛の女王、誕生
Yayoi Kusama. Airmail No. 2 Accumulation. 1963
27歳のとき、草間は単身でアメリカ・ニューヨークへ渡ります。
出発前に、尊敬する画家ジョージア・オキーフに手紙を出し、励ましをもらったというエピソードも有名です。
ニューヨークでは無名の日本人女性アーティストとして多くの困難に直面します。
でも、彼女はそこで「無限の網(Infinity Nets)」という抽象画シリーズを発表。白や赤の細かな網目を、キャンバスいっぱいに延々と描き続けるその絵は、大きな注目を集めました。
さらに、草間はアートの枠を超えたパフォーマンスにも挑戦。
公園や街頭で裸体のモデルに水玉を描く「ハプニング」、そして1966年にはヴェネツィア・ビエンナーレでのゲリラ展示《ナルシスの庭》も話題になりました。
草間は当時から「アートはただの絵ではなく、メッセージを届ける手段」として全身全霊で表現していたのです。
水玉と反復:草間アートの本質
《無限の彼方へかぼちゃは愛を叫んでゆく》2017年 © YAYOI KUSAMA
出典:YAYOI KUSAMA MUSEUM『草間彌生美術館開館記念展 創造は孤高の営みだ、愛こそはまさに芸術への近づき』
草間彌生の作品には、水玉模様や網目模様、カボチャ、鏡などがよく登場します。
これらはすべて、彼女が見ていた幻覚や強迫観念から来たモチーフ。
特に「水玉」は、彼女の心を守るおまじないのような存在でした。
無限に繰り返される模様は、「自己消滅(Self-Obliteration)」という彼女のテーマを象徴しています。
これは、「自分という存在が空間や自然と一体化していく感覚」であり、描き続けることで不安を鎮めていたのです。
Yayoi Kusama. Accumulation No. 1. 1962
また、性への嫌悪をテーマにした作品もあり、男性器を模したぬいぐるみで家具を覆うシリーズ《アキュムレーション》なども注目されました。
代表作とそのエピソード
草間の作品は多くありますが、中でも有名なものをいくつかご紹介します。
《無限の網》
白や赤の絵の具で無数の網目を描き続けた抽象画。
一見シンプルでも、近づくと目が回るほど緻密です。
《Infinity Nets(2)》(部分)1958年 © YAYOI KUSAMA
草間が「自分の恐怖を閉じ込める」ように描いたという、心の内面がにじみ出る作品です。
《インフィニティ・ミラー・ルーム》
出典:The Broad『Infinity Mirrored Room-The Souls of Millions of Light Years Away(2013)』
鏡張りの空間に無数の光やオブジェを配置し、無限に続くような感覚を与えるインスタレーション。
現代では「草間ワールド体験型展示」として、世界中の美術館で人気の展示です。
《ナルシスの庭》
1966年、草間彌生はヴェネツィア・ビエンナーレに日本館の代表としてではなく、自ら事務局に掛け合い、イタリア館前の芝生に展示スペースを得て《ナルシスの庭》を発表しました。
草間はフィレンツェの工場で製作された1,500個のミラーボールを並べ、「あなたのナルシシズムを売ります(Your Narcissism for Sale)」と掲げて1個1.5ドルで販売。赤いレオタード姿でその中に横たわるという大胆なパフォーマンスも行いました。
販売行為に対してイタリア当局から警告を受け、すぐに中止されましたが、この行為は世界的に大きな注目を集めました。

↑直島のヴァレーギャラリーにある《ナルシスの庭》
《南瓜》

↑十和田市現代美術館前にある《南瓜》
黄色地に黒い水玉のカボチャの彫刻。
幼少期に親しんだ野菜と、水玉というトラウマを融合させたモチーフで、直島など世界中に展示されています。
帰国と復活、そして世界へ
《開花の季節に涙するわたし》2015年 © YAYOI KUSAMA
1973年、草間は心身の限界から帰国し、精神科病院に入院します。
しかしその後も絵を描き続け、小説や詩の執筆もスタート。
1980年代から再びアート界で注目され、1993年にはヴェネツィア・ビエンナーレ日本館の代表として復活を遂げます。
2000年代以降は「世界的に高く評価されるアーティスト」として注目を集めるようになり、2017年には東京に草間彌生美術館が開館。
草間は現在も90代半ばにして、驚くほど元気に制作を続けています。
おわりに

草間彌生《無限の鏡の間 ―求道の輝く宇宙の永遠の無限の光》 2020年
草間彌生の人生は、苦しみと闘いながらも、それをアートに変えていく「自己解放」の連続でした。
その作品は、ただ美しいだけでなく、内面の叫びや生きる力が込められています。
水玉模様の裏にある深い物語に気づいたとき、草間のアートはきっとあなたの心にも響くはず。
まだ草間作品に触れたことがない人は、ぜひ美術館や展示に足を運んでみてください。
きっと「アートってすごい!」と感じる体験ができるはずです。