モリゾとマネの弟の娘ジュリーを描いた絵を紹介!

こんにちは!

今回は、モリゾの娘ジュリー・マネについてです。

早速見ていきましょう!

ジュリー・マネ(1878-1966年)

ジュリー・マネは、ベルト・モリゾとマネの弟ウジェーヌの娘です。

ベルト・モリゾ《ブージヴァルの庭にいるウジェーヌ・マネと娘》1881年

エドゥアール・マネ《じょうろの上に座るジュリー・マネ》1882年

マネはこの絵の1年後、1883年に51歳で亡くなっています。

ベルト・モリゾ《庭のウジェーヌ・マネと娘》1883年

ベルト・モリゾ《寓話》1883年

ジュリーと、ジュリーの教育係のパジーが描かれています。

《庭の乳母と娘》1883-1884年

ベルト・モリゾ《乳母と芸術家の娘ジュリー》1884年

ベルト・モリゾ《裁縫の勉強》1884年

パジーがジュリーに裁縫の仕方を教えています。

ベルト・モリゾ《飾り鉢で遊ぶ子供たち》1886年

左がジュリー、右は当時住んでいた家の管理人の娘マルト・ジヴォーダンです。

中国製の陶器の飾り鉢マネからのプレゼントでした。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ジュリー・マネあるいは猫を抱く子ども》1887年

ベルト・モリゾ《マンドリンを弾くジュリー》1889年

モリゾはジュリーに、マンドリンだけでなく、ピアノヴァイオリン、そしてデッサンなど様々な芸術的教育をおこなっていました。

インコのアーティストの娘

ベルト・モリゾ《インコと娘》1890年

JULIE MANET A LA PERRUCHE by Berthe Morisot on artnet

ベルト・モリゾ《インコと娘》1890年

ベルト・モリゾ《ジュリー・マネと彼女の犬》1893年

1892年、13歳のとき、父ウジェーヌが58歳で亡くなります。

上の絵のジュリー、ムンクの絵っぽいな…。

黒いシルクのドレスを着ていることからまだ喪に服していることがわかります。

ジュリーの背景にあるのは日本の浮世絵ですね。

ベルト・モリゾ《夢見るジュリー》1894年

このジュリーもムンクの絵っぽい…。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ベルト・モリゾと娘ジュリー・マネの肖像》1894年

上の絵は、夫を亡くしたモリゾが、娘のジュリーを描いて欲しいとルノワールに依頼したところ、ジュリーだけでなく、モリゾの姿も一緒に描きました。

そしてそれが、モリゾの最後の肖像画となりました。

1895年、16歳のとき、ジュリーのインフルエンザがうつり、母モリゾも54歳で肺炎のため亡くなってしまいます。

マネ家は裕福だったので、生活面での心配はありませんでしたが、

孤児となったジュリーは、モリゾと仲が良かった詩人で評論家のマラルメが後見人となり、親戚のもとで暮らしました。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ジュリー・マネの肖像》1894年

ルノワールやドガなども、彼女が結婚するまで面倒を見続けたそう。

1900年、21歳のとき、ドガの弟子だった画家のエルネスト・ルアールと結婚しています。