イメージの魔術師マグリットを超解説!美男美女の夫婦だった?

こんにちは!

今回は、マグリットについてです。

早速見ていきましょう!

ルネ・マグリット (1898-1967年)

ルネ・マグリット《透視》1936年

ルネ・マグリットは、ベルギーのシュルレアリスムの画家です。

遊び場は墓地

ベルギーのレシーヌで生まれました。

父親は紳士服商でした。

最初の記憶は、ゆりかごの横に置いてあっただそう。(シュルレアリスムっぽい発言…笑)

8歳のとき、女の子と、墓地で遊んでいたときのこと。

真っ暗な納骨堂の仲を巡って、外に出ると、絵を描いている人物がいました。

その絵がまるで魔法のように見えたそう。

マグリットは、弟のポールと一緒にひどいいたずらを繰り返す不良少年でした。

母親の入水自殺を悲しむのではなく…

ルネ・マグリット《恋人たち》1928年

14歳のとき、母親入水自殺してしまいます。

マグリットは悲しさよりも、周りから注目されたことが嬉しくて喜んでいたそう…。

マグリットは後年、上のようなで顔を覆っている人物の絵を多数描きましたが、これは、川で母親が見つかったときに、ドレスで顔が覆われており、それを目撃したことからだといわれていますが、この話自体信憑性は低いそう…。

運命の出会い

 

15歳のとき、後に妻となるジョルジェット・ベルジェに出会いました。

2人はお祭りで知り合い、メリーゴーランドに乗ったそう。甘酸っぱい…。映画みたい。

その後マグリットはブリュッセルへいきますが、ブリュッセルの植物園でジョルジェットと偶然再会します。まさしく運命…。

写真を見てもわかるように美男美女…!

画風を模索

18歳のとき、ブリュッセルの美術学校に入学しました。

ルネ・マグリット《風景》1920年

抽象画やキュビスム的な絵を描いたりと、画風を模索していました。

20歳のとき、ポスターや広告デザインで生計を立てていました。

「普通の生活」を演じていた?

ルネ・マグリット《無謀な企て》1928年

24歳のとき、ジョルジェットと結婚しました。

彼女はマグリットの絵のモデルによくなっており、上の絵もそうです。

マグリットはアトリエを持たず、食卓でイーゼルを立てて、スーツにネクタイ姿で絵を描いていたそう。

制作は手際良く、服を汚したり、床に絵の具をこぼしたりすることは決してありませんでした。

朝は、スーツにネクタイ、山高帽をかぶって散歩に出かけ、午後は毎日大好きなチェスをし、夜10時には就寝するという、規則正しい生活を送っていました。

謎めいた絵を描いている割に、マグリットの暮らしぶりはいたって普通で、「普通の生活」を演じていたのでは?ともいわれています。

マグリット家では、ポメラニアンを飼っていました。(かわいい)

シュルレアリスムへ

ジョルジョ・デ・キリコ《愛の歌》1914年

友人から見せてもらったデ・キリコの上の絵の複製画に、「私の目は初めて思考を見た」と、感極まって泣き、これがきっかけでシュルレアリスムの道へ進むことに。

この絵の、一つ一つはありふれているのにどこか違和感を感じるような、そんな不条理な世界に魅了されます。

ルネ・マグリット《失われた騎手》1926年

28歳のとき、初のシュルレアリスム作品である上の絵を制作しました。

29歳のとき、ブリュッセルで初の個展を開催しました。

その後、パリ郊外に移住し、シュルレアリスム運動に参加し、ブルトンと出会います。

ルネ・マグリット《イメージの裏切り》1928-1929年

31歳のとき、ダリ 、ミロ、ブニュエル、ゴーマンらとカダケスで過ごしました。

雑誌「シュルレアリスム改革」に「言葉対イメージ」を発表しました。

32歳のとき、ブルトンを避け、ブリュッセルに戻りました。

愛妻家

エピソードのないことがエピソードの画家と言われるほど、これといったエピソードが残っていないマグリットですが、そんな彼が妻を大切にしていたことがわかるエピソードがひとつだけあります。

この出来事によって、ブルトンを避けるようになりました。

ある日、パリでシュルレアリスムの仲間のパーティーがありました。

マグリット夫妻も出席し、ジョルジェットは祖母の形見のロザリオをつけていました。

そんな彼女を見たブルトンが「この中に嫌悪すべきものを身に付けている人がいる」と言い、彼女にロザリオを外すように忠告しました。

というのも、シュルレアリストというのは「既存の価値観からの解放」を目指していたこともあり、宗教なんて真っ先に否定したいもののひとつでした。

ジョルジェットは「人の命令で外すようなことはしません」と拒否、マグリットはすかさず彼女に近寄り、彼女の手を取って会場を去ったそう。

マグリット自身はシュルレアリストなので、宗教否定派で教会のミサにも出席したことはありませんでしたが、ジョルジェットにそれを要求することはありませんでした。

そのままのジョルジェットを愛し、尊重し、いつも自分の側にいてくれることだけを彼女に望んでいたそう。すてき…。

個展、展覧会

38歳のとき、ニューヨークで個展が開催されました。

ニューヨークでは「幻想美術、ダダ、シュルレアリスム」展に参加しました。

ロンドンでは「国際シュルレアリスム」展に参加しました。

以降展覧会がヨーロッパ、アメリカ各地で多数開催されました。

ルネ・マグリット《リスニングルーム》1952年

ルネ・マグリット《ゴルコンダ》1953年

ルネ・マグリット《光の帝国》1954年

マグリットは《光の帝国》を23枚描いています。

マグリットは「昼と夜の共存が、私たちを驚かせ、魅惑する力を持つのだと思われる。この力を私は詩と呼ぶのだ」と語っています。

ルネ・マグリット《人の子》1964年

67歳のとき、病気により制作活動を中断します。

ニューヨーク近代美術館で大回顧展が開かれ、欧米双方の収蔵品を最大限に展示しました。

68歳のとき、自宅で亡くなりました。

まとめ

マグリットは、思考そのものを絵にした「イメージの魔術師」


マグリット 光と闇に隠された素顔