デ・キリコ「イタリア広場」シリーズを超解説&一挙紹介!異世界?夢?現実?

こんにちは!

今回は、デ・キリコの「イタリア広場」シリーズについてです。

早速見ていきましょう!

イタリア広場

デ・キリコといえば形而上絵画(見慣れていたものが、いつもとは違った感じに見えるように描かれた絵)が有名です。

その中でも「イタリア広場」シリーズは、彼の魅力がたくさんつまっています。

見つけ次第追加していきます。本当にたくさんある。無限に見つかる絵たち…一体何枚描いたの…。

ニーチェによるアリアドネの話

ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1912年頃

デ・キリコは、ニーチェの哲学に大きな影響を受けており、彼によるアリアドネとその神話の解釈に魅了されていました。

そもそもアリアドネって誰?↓(勇者に捨てられ神に選ばれる王女)

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ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1912年

ニーチェにとって、アリアドネは単なる神話上の人物ではなく、深い哲学的な象徴を持つ存在でした。

彼はアリアドネを「永遠回帰」と結びつけ、人生や運命の永遠の循環を象徴するものとして解釈しました。アリアドネの孤独と待つ姿は、ニーチェの哲学における人間の存在の孤独と葛藤を反映しています。

ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1913年

デ・キリコは、このニーチェの解釈に魅了され、アリアドネの神話を自身の形而上絵画のテーマとして取り入れました。

ジョルジョ・デ・キリコ《沈黙の像(アリアドネ)》1913年

彼の作品においてアリアドネは、孤独や静寂、夢のような都市風景の中で運命を待つ象徴的な存在として描かれています。彼の絵画は、ニーチェの哲学的テーマを視覚的に表現し、その意味や感情を観る人に問いかけています。

ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1913年

《イタリア広場》シリーズでは、↑のようにアリアドネの像が繰り返し登場します。

出典:Vatican Museums『Ariadne』

アリアドネの像は、デ・キリコの創作ではなく、実際にある像です↑

ジョルジョ・デ・キリコ《赤い塔》1913年

夢と現実の境界のような絵。この曖昧さが見る人を不安にさせます。

ジョルジョ・デ・キリコ《アリアドネの午後》1913年
ジョルジョ・デ・キリコ《預言者の報酬》1913年

像は、広場の寂しさや不気味さを強調するために配置されており、作品全体の謎めいた雰囲気を強めています。

ジョルジョ・デ・キリコ《ある美しい日の憂鬱》1913年
ジョルジョ・デ・キリコ《偉大な塔》1913年
ジョルジョ・デ・キリコ《偉大な塔Ⅱ》1914年

別の男性像の正体は…?

ジョルジョ・デ・キリコ《ある日の謎》1914年

アリアドネだけでなく、↑の作品のようにフロックコートを着た男性像もよく登場します。

Odoardo Tabacchi, Monumento a Giovanni Battista Bottero, 1898-1899. Fotografia di Mattia Boero, 2010. © MuseoTorino.
出典:MuseoTorino『Monumento a Giovanni Battista Bottero』

この像はクアットロ・マルツォ広場にある哲学者ジョヴァン・バッティスタ・ボッテロの像にインスピレーションを受けたものなのではといわれています。

ジョルジョ・デ・キリコ《素晴らしい旅》1915年
ジョルジョ・デ・キリコ《出発の謎》1916年

絵の中に1916年と書いてありますが、後年の作品っぽいような…。

デ・キリコ29歳の1917年というのが、彼が最も高く評価されていた形而上絵画時代最後の年でした。

ジョルジョ・デ・キリコ《バラ色の塔のあるイタリア広場》1934年頃

列車の意味

ジョルジョ・デ・キリコ《現在と過去》1936年

背景にちらりと見える列車。これもこのシリーズの多くの絵に描かれています。

列車は、産業革命以降の技術革新と近代化を象徴しています。

古典的な彫像や建築物とともに列車を描くことによって、過去と未来、古典と近代の対比が強調されています。

ジョルジョ・デ・キリコ《銅像のあるイタリア広場》1937年

また、列車は動き続けるものであるため、時間の流れを象徴しています。

しかし、デ・キリコの絵画に描かれる列車は静止しているように見え、まるで時が止まってしまったかのようです。

そしてそれは永遠に変わらない静けさと孤独感を感じさせます。

ジョルジョ・デ・キリコ《煙突の外観》1939-1944年頃

静かな広場や無人の都市風景の中で突然現れる列車は、不安感や存在の不確実性(私たちは本当に存在しているのだろうか?という感覚)を喚起します。​

ジョルジョ・デ・キリコ《午後の魅惑》1942年
ジョルジョ・デ・キリコ《古代の牧歌》1942年
ジョルジョ・デ・キリコ《赤い塔のあるイタリア広場》1943年
ジョルジョ・デ・キリコ《夕暮れ時の瞑想》1943年
ジョルジョ・デ・キリコ《政治家の銅像のあるイタリア広場》1945年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1945-1949年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1945-1949年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1950年代初め
ジョルジョ・デ・キリコ《アリアドネとイタリア広場》1950年代初め
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1950-1951年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1951年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1950年代半ば
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1954年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1955年頃
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1956-1957年
ジョルジョ・デ・キリコ《空の台座のあるイタリア広場》1955年頃
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場-メランコリー》
ジョルジョ・デ・キリコ《大きな煙突》1958-1968年

静かで孤独な広場にある煙突や塔が、メランコリックな雰囲気を一層引き立てています。

ジョルジョ・デ・キリコ《塔とアリアドネのあるイタリア広場》1960年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1960年代前半
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1961年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》
ジョルジョ・デ・キリコ《秋の瞑想》
ジョルジョ・デ・キリコ《政治家とイタリア広場》1965年
ジョルジョ・デ・キリコ《引っ越しトラックが到着した頃》1965年
ジョルジョ・デ・キリコ《政治家の孤独》1966年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場(詩人の記念碑)》1969年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1969年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1969年
ジョルジョ・デ・キリコ 《午後の謎》1970年
ジョルジョ・デ・キリコ《午後の魅惑》1970年代頃
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》1970-1975年頃
ジョルジョ・デ・キリコ《アリアドネのあるイタリア広場》1970-1975年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場(偉大なゲーム)》1971年
ジョルジョ・デ・キリコ《偉大な形而上学者》1971年
ジョルジョ・デ・キリコ 《燃えつきた太陽のあるイタリア広場、神秘的な広場》1971年
ジョルジョ・デ・キリコ 《太陽の神殿》1971年
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》
ジョルジョ・デ・キリコ 《アリアドネのあるイタリア広場》1972年
ジョルジョ・デ・キリコ 《銅像のあるイタリア広場》1972年
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ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場(哲学者の午後)》1974年頃

絵の中にサインと共に「1934年」と書き込まれていますが、実際には1974年頃描かれたものです。

ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場とアリアドネ》1974年
ジョルジョ・デ・キリコ 《塔》1974年
ジョルジョ・デ・キリコ 《イタリア広場》
ジョルジョ・デ・キリコ 《イタリア広場》
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》
ジョルジョ・デ・キリコ《彫像のあるイタリア広場》
ジョルジョ・デ・キリコ《イタリア広場》
ジョルジョ・デ・キリコ 《騎馬像のあるイタリア広場》