ぶどう酒の神バッカスを超解説!歓喜と狂乱の物語

こんにちは!

今回は、ギリシャ神話に登場するぶどう酒の神バッカスを解説します。

早速見ていきましょう!

バッカス(ディオニュソス、バッコス)

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ《バッカス》1598年頃

ギリシャ名:ディオニュソス、ローマ名:バッコス、英語名:バッカス

アトリビュート:ぶどう酒、ぶどうとその蔓と葉(ぶどうの冠)、テュルソスの杖

ぶどうと酩酊と豊穣の神です。

ぶどう酒と悦楽と過剰の神で、演劇と悲劇をも司り、ギリシャ人は、数え切れないほどの詩や劇を捧げました。

しかし、バッカス密儀崇拝は、放埒を極めたため、ローマの元老院はこれを禁じざるおえませんでした。

母は焼死、ももで育つ

ギュスターヴ・モロー《ゼウスとセメレ》1895年

ゼウスはバッカスの母でテーバイ王女セメレに首ったけでした。

セメレが身ごもると、当然、ゼウスの正妻ヘラの強烈な嫉妬を買いました。

悪賢いヘラは、セメレに「ステュクス川(この世とあの世を分ける川)に誓って望みを叶えてほしいとねだってみたら」とけしかけました。

そして、ゼウスの本当の姿を見せてほしいというセメレの望みは、悲劇的な形で叶えられました。

「ステュクス川に誓う」と言えば、絶対に約束は破れないため、ゼウスは激烈な輝きと共に現れました。

すると、セメレはその光を受けて焼け死んでしまいました…。

ゼウスは、お腹の子だけなんとか助け、自分のももに入れて育てました。

ももから生まれる

グイド・レーニ《小さなバッカス》1622年頃

母セメレの悲劇的な死から数ヶ月後、バッカスはゼウスのももから生まれました。

ゼウスはこの半神半人の赤子を特別に神としました。

フランス語の「高貴な生まれ」を意味する「ユピテル(ゼウス)のももから生まれる」という表現は、これに由来します。

しかし、バッカスは、他の神々のようにオリュンポスに住むことはなく、ぶどうの冠をかぶり、テュルソス(松の実のついた杖)を持ち、にぎやかなお供の者たちを連れて、森や田園をあてもなくさまよい続けました。

あまりにも野蛮

イソベル・リリアン・グローグ《マイナデスとパン》1902-1912年

バッカス信仰は、ひどく野蛮でした。

実際にいたとされるマイナデス(バッカイ)と呼ばれる信女たちは、時にトランス状態になったことから、マイナデスは「憑依」を意味するようになりました。

サテュロス(雄山羊の耳と足と尻尾を持つ半神半獣)と共に、森で乱痴気騒ぎを繰り広げ、素手で野生動物を殺して生肉を食べたり、血やぶどうを顔に塗りたくったり、獲物の皮をまとっていたと伝えられています。

おぞましさ

レオナルド・ダ・ヴィンチの工房《バッカス》1510-1520年頃

バッカス信仰があまりにもおぞましかったため、テーバイ王ペンテウスはこの一行を投獄することにしました。

バッカスが神だと知らなかったのです。

バッカスは仕返しに、ペンテウスの母と姉妹をマイナデスに変えました。

ペンテウスを野獣だと思い込んだ彼女たちは、素手でずたずたに引き裂き、その肉を食べました。

この身の毛もよだつ話は、ぶどう酒の神バッカスは歓喜を与える一方で、行きすぎれば恐ろしい事態をもたらすことを示しています。

星の冠

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《バッカスとアリアドネ》1520-1523年

バッカスは、彷徨と旅を続けるうちに、ナクソス島でアリアドネと出会いました。

彼女は、命を救ったテセウスに捨てられた美しい王女で、一目惚れしたバッカスは彼女をなぐさめ、クレタ島で結婚しました。

バッカスは、アリアドネに愛を示そうと、自らの冠を空に投げました。

それがかんむり座になりました。ロマンティック…!

悲劇の意味

アテナイの大ディオニュシア祭では、ぶどう酒の神に敬意を表して悲劇が上演されていました。

「トラジェディ(悲劇)」は、ギリシャ語の「トラゴス(雄山羊)」に由来し、元来は「雄山羊の詩歌」を意味していたようです。

マイナデスたちが雄山羊(や、他の野生動物)の皮で作った布をまとっていたことから、派生したと考えられています。

パニックの語源

バッカスのお気に入りのお供が、シノレスとパンでした。

シノレスは、バッカスを育てた太鼓腹で紅色のサテュロスです。

パンは、集団ヒステリーと羊飼いの神です。

パンは道化役人気が高かったものの、ニンフたちにつきまとい、ひどく恐れられたことから、極度の恐怖を表す「パニック」の語源となりました。

バカロレア

ディエゴ・ベラスケス《バッカスの祝杯》1628-1629年

フランスの高校卒業認定試験バカロレアの語源は、バックス(バッカス)と考えられています。

かつて貴族の若者たちは、まだ騎士の地位も手にしない頃からわずかばかりの土地を所有し、たいていぶどうを栽培していました。

そうした土地は「バカラリア」と呼ばれ、所有者は「バシュリエ」と呼ばれていました。

バシュリエは、次第に未婚の貴族の若者を指す言葉(英語で独身男性を指す「バチェラー」もこれから派生)となり、「学生」を意味するようになりました。

国王フランソワ1世は、文芸や化学の分野に功績のあった人々のために、バカロレア騎士団を創設しました。

ナポレオンは1808年に、現在のバカロレアを導入しました。

ただし、ダフネに由来するという説もあります。