ルノワール「アルジェリア風のパリの女たち」を超解説!日本で見られる初期の代表作

こんにちは!

今回は、ルノワールの《アルジェリア風のパリの女たち》

早速見ていきましょう!

アルジェリア風のパリの女たち

ピエール=オーギュスト・ルノワール《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》1872年

31歳のルノワールが描いた作品です。

この頃、ルノワールは、ロマン主義の巨匠ドラクロワに心酔していました。

ドラクロワの描いた作品

ウジェーヌ・ドラクロワ《アルジェの女たち》1834年

ドラクロワがイスラム教徒たちの居室を舞台に描いた上の絵に着想を得て、本作を制作しました。

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登場人物や場面の雰囲気、アラブ風の室内装飾など、異国情緒が漂う大画面から、ドラクロワの影響がうかがえます。

さらに、多彩ながら抑制された褐色中心の色遣いや、女性たちの肉感的な人物描写も《アルジェの女たち》から借用しているのがわかります。

ドラクロワは、明暗の劇的な効果による場面の描写を大切にしていますが、ルノワールはそれを抑え、やわらかい光で室内を満たすことを目指しています。

さらに、3人の女性の肌の描写に重点が置かれており、当時流行していた異国趣味を取り入れてはいますが、むしろ実在する女性、そしてその肌から発せられる光に関心が高まっていることがわかります。

細やかな表現による金の装飾品が、やわらかく描かれた女性の肌に映えています。

モデル

 

モデルは恋人のリーズ・トレオです。

本作が描かれる7年前に、24歳のルノワールと17歳のリーズは出会いました。

以降、彼女をモデルに多くの作品を描きました。

しかし、本作が完成した年、リーズは若い建築家と結婚しました。

ルノワールは、リーズに1枚の肖像画を贈りましたが、再び会うことはありませんでした。

オリエンタリスム

 

19世紀初め、皇帝ナポレオンのエジプト遠征が描かれて以来、異国的な情緒(オリエンタリスム)に満ちた絵画が流行しました。

拡大するフランス植民地を背景に、異文化への興味や裸体を自由に描く口実として制作されました。

アルジェリアは地中海に面した北アフリカの国で、1830〜1962年まで、フランスの支配下にありました。

パリの倍ほどの日射量のあるアルジェリアには、その強い光を求めて、ドラクロワなど多くの画家や作家が訪れた地でした。

上の絨毯は、アルジェリアの先住民ベルベル人の絨毯だとされています。

構図

 

対角線上に複数の人物を配した構図を用いることで、画面に動きを与え、彼女たちのはつらつとした生気が強調されています。

サロンに出品するために描いていたこともあり、ルーベンスなど17世紀のバロックの画家たちが多用した斜めの構図を使用しています。

印象派の画家で唯一使用したグレーズ技法

本作には、薄く溶いた透明な絵の具を何度も塗り重ね、光沢と微妙な色の変化を与えるグレーズ(グラッシ)と呼ばれる伝統的な技法が用いられています。

ルノワールは印象派の画家の中で唯一、グレーズ技法を用いた画家でした。

この技法は15世紀以来の技法で、溶き油で薄めた絵具を何層も重ねていくことで、透明感に溢れた輝きを画面にもたらします。

時間と根気を要したこの伝統的な技法は、印象派の画家たちにとって時代遅れなものに見えたのでしょう。

伝統への回帰を果たしたルノワールがグレーズ技法を積極的に駆使し始めたのは、1890年以降のことでした。

紆余曲折を経て日本へ

この作品は、1921年に、実業家で政治家、川崎造船所社長の松方幸次郎がパリで購入しました。

しかし当時の重い関税が障害となり、日本に持ち込むことを断念…。

そして第2次世界大戦後、フランス政府に敵国財産として没収されてしまいました。

この絵の価値を理解し、返還に尽力したのが当時の宰相吉田茂でした。

1951年のサンフランシスコ講和会議で吉田は、フランス外相に作品の返還を要請しました。

そして1953年、「寄贈」というかたちで、本作の返還を確約させました。

現在は松方コレクションとして国立西洋美術館に収蔵されています。

もう1枚のアルジェの女

ピエール=オーギュスト・ルノワール《アルジェの女(オダリスク)》1870年

《アルジェリア風のパリの女たち》を描く2年前、29歳のときに描いた作品です。

同年5月のサロンに出品されたこの絵は、室内の豪奢な調度や衣装を丹念に描いており、劇的な色彩は《アルジェリア風のパリの女たち》以上にドラクロワの影響を感じさせます。

同じ時期、ルノワールは《ラ・グルヌイエール》のような印象主義の技法を模索しながらも、こうした保守的な絵画でサロンの入選を狙うしたたかさがありました。

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