絵に描いたような幸せな一生を送った強運のイケメン画家ルーベンス

こんにちは!

今回は、教養ある知識人にして超イケメン、心身ともに健康で家族も大事にし、絵も上手いし売れる、7カ国語を話し、外交官としても活躍した超すごい画家ルーベンスについてです!

早速見ていきましょう!

ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640年)

ピーテル・パウル・ルーベンス《自画像》1623年

ピーテル・パウル・ルーベンスは、バロック期のフランドルの画家です。

ドイツのジーゲンで生まれました。

幼くして父親を亡くす

《若い学者の肖像》1597年

10歳のとき、法律家だった父親が亡くなり、母親の実家アントウェルペンに引っ越します。

生活に困窮した母親は、13歳のルーベンスを、ラレング伯爵未亡人のところに奉公に出しまが、数ヶ月で辞めてしまいます。

この時、上流階級の作法を身に付けました。

その後、アントウェルペンの二流画家トビアス・フェルハーヒトの元で修行します。

次に、アダム・フォン・ノートル、そして、18歳でアントウェルペンの人気画家オットー・ファン・フェーンに弟子入りします。

21歳のとき、一人前の証として、アントウェルペンの画家組合に親方として登録されます。

22歳のとき、巨匠の作品を見て学ぶため、イタリアへ行き、各地を転々とします。

母親の死

《羊飼いの礼拝》1608年頃

31歳のとき、母親の危篤の知らせでアントウェルペンへ戻ることにしますが、戻る前に亡くなってしまいます。

翌年、ネーデルランド総督アルブレヒト大公、公妃イザベラの宮廷画家になります。

家族を大切にした

《ルーベンスとイザベラ・ブラント》1609-1610年

32歳のとき、有力者の娘イザベラ結婚します。

上の絵は、結婚直後に描いた記念の1枚です。

2人の後ろにはスイカズラというつる植物が描かれています。

甘い香りを持ち、つるが絡み合うことから、終わりなきよろこび、変わらない心、恋人を象徴する植物でもあります。

余談ですが、ディズニーシーにも、ミッキー&ミニーでこの絵のパロディが飾ってあります。

仕事で多忙なルーベンスでしたが、家族をとても大事にしました。

これは画家ではとっっっっても珍しいです。好感度1億パーセント

大体絵のモデルと浮気して妻以外の子供がいることが多いので…

自宅が美術館

《鏡を見るヴィーナス》1614-1615年

33歳のとき、ルーベンス自身がデザインした新居(住居兼アトリエ)に移り住みます。

この大邸宅には、イタリアの美術品を展示しており、外国からわざわざ見に来る人がいたそう。

ここは現在「ルーベンスの家」という博物館として残っています。

『フランダースの犬』の絵


ピーテル・パウル・ルーベンス 三連祭壇画《キリスト昇架》1610~1611年

33歳のとき、アントウェルペン大聖堂からの依頼で《キリスト昇架》《キリスト後架》を制作します。

『フランダースの犬』でネロが見たかった絵として有名ですね。

詳細はこちら↓

100人の弟子

ルーベンスは100人もの弟子を抱える大きな工房を持っていました。

弟子の中で、後年もっとも有名になったのは、41歳のとき弟子にした、ヴァン・ダイクでした。

無能な王太后を神のように描く(天才)

The Disembarkation at Marseilles

《マルセイユ上陸》1622-1625年

45歳のとき、フランス王太后マリー・ド・メディシスから、パリに建設中のリュクサンブール宮の装飾用に、自身の生涯を連作で描くよう依頼されます。

そして完成したのが24点の連作《マリー・ド・メディシスの生涯》です。

これだけ聞くと、マリー・ド・メディシスっていう人は、とても偉大なすごい人なんだろうな〜って思うかもしれませんが、違うんです

むしろ、《マリー・ド・メディシスの生涯》って語るほど、何かを成し遂げた人でもないので、とにかく絵にする題材がなかったんです。(笑)

じゃあルーベンスはどうしたかというと、神話を混ぜて、とにかく話を100000倍盛ります。天才です。

この連作の詳細については改めてアップします!

妻と子を亡くす

《クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像》1616年頃

46歳のとき、娘クララが12歳で亡くなり、3年後には、17年間連れ添った妻イザベラも亡くなりました。

この年、スペイン王フェリペ4世の外交使節として、イギリスの宮殿へ行きます。

ベラスケスと仲良くなる

51歳のとき、イザベラ大公妃の命を受け、イギリススペイン平和交渉に貢献します。

そのとき、宮廷画家のベラスケスと親交を深めます。

ベラスケスとは、2人でイタリアへ旅行する計画を立てていましたが、ルーベンスの予定が合わず、ベラスケスは1人でイタリアを訪れています。

ベラスケスについての詳細はこちら↓

53歳のとき、チャールズ1世よりナイトの爵位を授かります。

37歳下の16歳のエレーヌと再婚

《毛皮をまとったエレーヌ・フールマン》1636-1638年頃

その後、イザベラの姪16歳のエレーヌと再婚します。年の差は37歳です!

58歳のとき、アントウェルペン郊外の土地を購入し、ルーベンスの城と呼ばれる邸宅で晩年を過ごし、62歳で亡くなるまで幸せに暮らしました。

まとめ

ルーベンスは、バロックの画家で、当時最も成功した画家
・画家にしては異例の幸せな一生だった