モネの3年連続ロンドン旅行と連作

こんにちは!

今回は、モネのロンドン旅行についてです。

早速見ていきましょう!

モネのロンドン旅行×3

前回のおさらい

モネは50代になってやっと『睡蓮』を描き始めました。

モネが睡蓮の絵を描き始めたのは50歳を過ぎてから?

2022.08.31

ロンドン再訪

クロード・モネ《国会議事堂》1900-1901年

59歳のとき、ロンドンを旅し、『国会議事堂』の連作に着手しました。

シスレーが亡くなりました。

クロード・モネ《ヒマワリとシュザンヌ・オシュデの肖像》1890年

義娘シュザンヌが2人の子供を残して世を去ると、夫バトラーはシュザンヌの姉妹のマルトと再婚し、彼はジヴェルニーで生涯を終えることになります。

『睡蓮の池』の連作に着手しました。

60歳のとき、再びロンドンを旅行し、制作しました。

初期の睡蓮

クロード・モネ《日本橋》1899年

デュラン=リュエル画廊で開催された個展「モネ近作展」で《睡蓮の池》13点を展示しました。

60歳までの『睡蓮』第1連作では、太鼓橋を中心に、睡蓮の池と枝垂れ柳が、光の変化に従って描かれています。

またロンドンへ

クロード・モネ《ウォータールー橋、ロンドン》1902年

61歳のとき、またロンドンへ旅行し、制作しました。

「テムズ川の霧の効果」を描くことを試み、サヴォイ・ホテルから見たチャリング・クロス橋とウォータールー橋、聖トーマス病院から見た英国議事堂(ウェストミンスター宮殿)に集中して連作に取り組みました。

上の絵は、サヴォイホテルの部屋から見える、テムズ川にかかるウォータールー橋を描いた41点の連作のうちの1枚です。

この作品は、1921年12月頃(モネ81歳)、松方幸次郎がモネから直接買い付けた作品だといわれており、現在上野の国立西洋美術館にあります。

3年連続で訪れたロンドンでは100点ほどを制作し、ジヴェルニーのアトリエで仕上げました。

展覧会の反応は…

クロード・モネ《ロンドン、国会議事堂:霧に透けて見える太陽》1904年

これらの連作は、64歳の春にデュラン=リュエル画廊で展示されました。

印象主義の到達点として評価する見方があった一方、セザンヌにならってフォルムを重視する若い世代からは、堅牢さを欠く時代遅れの作品との批判も受けました。

次回は、モネ、車を買う&夫婦最後の旅行編です。

続きはこちら↓

庭師モネが描いた睡蓮とその葛藤&車デビュー

2022.09.02

モネの生涯をノンストップ解説↓

モネの生涯を超解説!うつろう光を色彩で表現した画家の戦いとは?

2020.06.05