ドレイパー「ユリシーズとセイレーンたち」を超解説!どうしても聞きたかった死の歌声とは?

こんにちは!

今回は、ドレイパーの《ユリシーズとセイレーンたち》についてです。

早速見ていきましょう!

ユリシーズとセイレーンたち

ハーバート・ジェームズ・ドレイパー《ユリシーズとセイレーンたち》1909年頃

死のメロディ

セイレーンは、ギリシャ神話に登場する海の怪物です。

彼女たちはその美しい歌声で、船乗りたちを没我状態にし、死んでもかまわないという気持ちにさせ、海へ飛び込ませて溺れさせたり、船を岩礁へ衝突させます。

オデュッセウスの船

トロイア戦争から帰途中の英雄オデュッセウス(ユリシーズ)の船も、セイレーンたちのいる島のそばを通らねばなりませんでした。

オデュッセウスはあらかじめ魔女のキルケー(しばらくの間オデュッセウスの現地妻だった)から、セイレーンに対する防御法を教えてもらっていました。

それは、耳に蜜蝋を詰め、いっさい声を聞かないようにするというものでした。

どうしても歌声を聞きたい

しかし、好奇心旺盛なオデュッセウスは、どうしてもセイレーンの魅惑の歌声を聞きたくてたまりませんでした。

そこで、部下たちには全員、固く耳栓をさせながら自分だけはそうせず、かわりにマストへきつく身体を縛りつけてもらい、何が起ころうと決して縄をほどかないよう厳命しました。

船はセイレーンの島へ近づきました。

歌が聞こえると、オデュッセウスは身悶えして縄をほどこうとし、わめきながら暴れだしたので、船員はますます強く彼を縛り、必死にオールを漕いでスピードを上げ、やっとのことで危険な海域を抜け出しました。

本当は鳥女

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《オデュッセウスとセイレーンたち》1891年

古代ギリシャのセイレーンは、2〜7人姉妹(人数は諸説あり)で、首から上が女、胸からは鳥という「鳥女」でした。

だから彼女たちは鳥のように歌います。

美しい人魚へ

ギリシャ語の「鳥の翼」という単語が、複数形になると「魚のヒレ」と同音だからなのか、いつしかセイレーンの姿は、上半身が美女、下半身が魚の人魚型になっていきました。

ドレイパーは、「人魚」のセイレーンを描きつつも、画家として女性の全身ヌードを描きたかったのか、ひとりをのぞいて人間として彼女たちを描いています。

セイレーンは娼婦の隠語

ドレイパーはイギリスの画家で、ヴィクトリア朝時代に生まれ育ちました。

産業革命で栄華を極めたこの時代、 イギリスでは、セイレーンは娼婦の代名詞でもありました。

そのため、セイレーンは男を破滅させる悪女だという解釈が、暗黙のうちに成り立っていたのかもしれません。

ヴィクトリア朝時代というのは、脚という言葉を使っただけで不謹慎と言われ、椅子の脚にまで靴下をはかせたというほど厳格でした。

一方で娼婦の数が爆発的に増えた時代であり、芸術の世界でも、ヌードが異常なほど流行していました。

実際は誰もセイレーンの姿を見ていない

絵の中ではオデュッセウスたちはセイレーンを目撃していますが、神話では違います。

彼らは誰もセイレーンの姿を見ていません。

島の近くを航行し、縛られたオデュッセウスの激烈な反応によって、初めて耳栓した部下たちも、身近にセイレーンの存在を感じとり、恐怖に囚われた、というのが神話のストーリーです。

ですが、セイレーンを彼らの近くに描かないと、「歌声」だけを絵にするのは至難の技なので、オデュッセウスとセイレーンを題材とした作品では、彼女たちが船に乗り込んでくるという直接的な表現で描かれていることが多いです。

また、本作では、セイレーンたちが口を開けているだけでなく、右上のセイレーンの側に、貝でできた楽器を描くことで、音楽を感じさせる工夫がなされています。