ウォーターハウス「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」を超解説!人間を動物に変える?

こんにちは!

今回は、ウォーターハウスの《オデュッセウスに杯を差し出すキルケー》についてです。

早速見ていきましょう!

オデュッセウスに杯を差し出すキルケー

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《オデュッセウスに杯を差し出すキルケー》1891年

美しい魔女

ライト・バーカー《キルケー》1889年

キルケーは、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』の物語に登場します。

太陽神ヘリオス(アポロン)と海女神ペルセイスの間に生まれたので、魔女というよりは半神です。

幻の島アイアイエ島に住んでいました。

キルケー(Kirkē = Circe)という名は霊鳥キルコス(kirkos)同様、ハヤブサの鳴き声から派生したといわれています。

ハヤブサは高貴と死に関連しているので、キルケー にもそのイメージが付与されました。

オデュッセウスたちがやって来た

そんな彼女の島に、ギリシャ軍の英雄オデュッセウス(ユリシーズ)の船が立ち寄りました。

10年にわたる対トロイア戦に勝利をおさめて帰国の途中でした。

「千と千尋の神隠し」で両親が豚になったことの元ネタ?

エドワード・バーン=ジョーンズ《キルケーのワイン》1900年

オデュッセウスが部下たちに島内探検を命じたところ、しばらくして1人だけ駆けもどってこう報告しました。

オオカミやライオンがうろつく森の中に館があり、その女主人が自分たちを快く招き入れてくれた。

なんとなく嫌な予感がしたので自分だけは入らずに窓から見ていると、他の者は全員飲食物を口にし、魔法の杖で打たれてたちまち豚に変えられてしまった、と。

余談ですが、『千と千尋の神隠し』でも、千尋の両親が簡易食堂で食べ物を貪り食べて豚になり、豚小屋に追い立てられていた姿なんて、まさに!そっくり…。(千と千尋では他にもギリシャ神話や日本神話の有名な物語が使われています)

ヘルメスの助言

これを聞いたオデュッセウスは剣を携え、館へ向かいました。

途中で旅人の守護神ヘルメスが現れ、魔法を打ち消す効力のある薬草モーリュとアドバイスをもらいました。

有名な絵

こうして館に入り、キルケーと対峙しました。

そのシーンを描いたのが本作で、数多あるキルケー絵画のうちもっともよく知られている作品です。

自信満々のキルケー

 

容赦ない瞳の高慢な美女キルケーは、大理石の椅子に女王然と座り、冷ややかにこちらを見下ろしています。

右手で毒入りの葡萄酒を差し出し、左手は早くも杖を握り、いつでも振り下ろせる体勢でいます。

オデュッセウスと同一化する鑑賞者

 

オデュッセウスは、キルケーを正面から見上げる場所にいることが、椅子の背後の壁に掛けられた円い大きな鏡に映っていることからわかります。

キルケーの視線と向き合った鑑賞者は視線の先にいる人物、つまり鏡の反射によって映し出されるオデュッセウスと同一化します。

鏡のトリック

 

このように鏡像によって画面に描かれていない人物の存在を示すという鏡の用い方は、ヤン・ファン・エイクの《アルノルフィーニ夫妻の肖像》やベラスケスの《ラス・メニーナス》と同じです。

特に反射を利用して鏡の中に空間を構築し、キルケーが視線を投げかける人物・鑑賞者・鏡に映った英雄の3者を同一化させ、絵画の物語世界に鑑賞者を引き込む効果はベラスケスとの類似が指摘されています。

ちなみに描かれているオデュッセウスの姿はウォーターハウス本人に似ているそう。

オデュッセウスが剣の柄を握る姿はキルケーの目論見が打破されることを暗示しており、画家はキルケの背後に鏡を置くことでキルケーの誇示する優位性が一時的なものであることを表現しています。

また、この円形の鏡は、彼女が太陽神ヘリオスの娘であることも表しています。

豚に変えられた部下たち

 

豚となりはてた部下は、キルケーの足もとにごろんと一頭、

 

画面左の肘掛ライオン像の後ろにも一頭、

 

さらに見逃しがちですが、鏡の左下面にも映っています。

いずれも剛毛で鼻の長い、猪に近い野豚の姿です。

 

彼らの臭いを消すためか、画面右端の香炉から盛んに煙がちのぼっています。

 

またキルケーの魔女性を強調するため、床には円模様やヒキガエルや乾燥させた薬草も描き込まれています。

 

円形もヒキガエルも薬草も魔術と関係が深いアイテムです。

ここに散らばる薬草は、マンドラゴラとヒヨスと思われます。

どちらもナス科で、前者はキルケーに由来するキルカエアの異名を持ち、個体によっては根茎が人の形を成す薄気味悪いものもあります。

そのため引き抜くと悲鳴を上げ、聞いた者は発狂して死ぬとの伝説が生まれました。

アルカロイド系幻覚物質を含む危険な植物です。

後者のヒヨスは、ギリシャ語の語源が「豚の豆」。

中毒性があり、幻覚、恍惚状態、狂乱などを伴うことから、人間を豚のごとき下劣な状態にするという意味の命名とされる。

魔法が効かない?!

ジョバンニ・バッティスタ・トロッティ《オデュッセウスの仲間を人間の姿に戻すキルケー》1610年頃

彼はキルケーの差し出すグラスを受け取りました。

キルケーはオデュッセウスが魔酒を飲み干したとき、オデュッセウスを杖で打ち、「豚小屋で仲間たちに混ざって寝なさい」と命じました。

しかし彼には魔法が効かなかったので、オデュッセウスは剣を抜いてキルケーに襲いかかりました。

キルケーは驚いてオデュッセウスの足元で許しを乞い、「一夜をともにして、今日のことは水に流そうではありませんか」と誘いました。

このときオデュッセウスはヘルメスの助言を思い出し、自分から精気を奪い、無力な人間に変えないことをキルケーに誓わせました。

その後、キルケーは軟膏を塗って部下たちを元の姿に戻しましたが、人間に戻った部下たちは以前よりも若く、背が高く、見目麗しい男になっていました

1年もいた

キルケーはオデュッセウスたちをあらためて客人としてもてなしました。

これまでの旅があまりに辛く苦しいものだったので、オデュッセウスはここで疲れを癒しているうちにお互いに惹かれ合うようになり1年間キルケーとともに過ごしてしまいました。

オデュッセウスには妻がいたのでキルケーとの関係は不倫ですが、3人の息子(+4人の娘がいた説も)まで生まれました。

しかし、オデュッセウスとは違い帰還を望む部下たちの不満は高まり、彼は島を後にする決意をしました。

キルケーの優しさ

フレデリック・ステュアート・チャーチ《キルケー》1910年

そこでキルケーはオデュッセウスに冥府に赴き、死霊術の儀式を使って予言者テイレシアースの死霊を呼び出し、彼の帰国の取るべき道とその後の苦難について予言を授かるよう助言しました。

さらにオデュッセウスが冥府から戻って来ると、キルケーは今後の航海について一行にアドバイスしました。

これから通る海の難所で魔物セイレーンに殺されぬよう、耳に蜜蝋を詰め、決してその歌声を聞いてはならないこと。

その後2つの航路があり、アルゴー船以外の船をことごとく海の藻屑に変えてきたプランクタイと呼ばれる岩礁がある海域と、カリュブディスの渦巻きと怪物スキュラが住処とする2つの大岩がある海域のいずれかを選んで通過しなくてはならないと教えました。

最後に太陽神ヘリオスの神聖な家畜が飼育されているトリナキエ島について話し、家畜に危害を加えると神の怒りによって破滅すると忠告しました。

そして侍女たちに命じて船に食料と葡萄酒を運び込ませ、また出発する際には帆に順風を送ってくれました。

おかげて船は順調に、先へ進むことができましたが…部下たちは家畜を食べてしまい、最終的にはオデュッセウスしか生き残りませんでした…。

ウォーターハウスの描いた他のキルケー

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《嫉妬に燃えるキルケー》1892年

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《キルケーのスケッチ》1911-1914年