マネ「ナナ」は高級娼婦?元になった小説ってなに?超解説!

こんにちは!

今回は、マネの《ナナ》についてです。

早速見ていきましょう!

ナナ

エドゥアール・マネ《ナナ》1877年

マネ45歳のとき、上の作品をサロンに出品して落選します。

しかしこの作品を高級ブティックに展示したところ大人気に。

身支度中の美女

 

鏡の前で、若く美しい女性がお化粧をしています。

鏡の前にろうそくが2本あることから、ろうそくの明かりの下で1番映えるようなメイクをしていることがわかります。

 

手にはパウダーパフと口紅を持っています。

 

白のシュミーズに、ブルーのコルセット、

 

美しい刺繍の入った高価なシルクのストッキングとハイヒールを履いています。

部屋の内装は、彼女の寝室であることを示唆しています。

 

そうなってくると、右側にいる女性より圧倒的に年上だろう男性の存在が気になってきますよね?

この紳士、どうしてここにいるのでしょうか?

ゾラの小説が元ネタ?

印象派が活躍した時代を代表する作家のひとりエミール・ゾラが書いた『ルーゴン=マッカール叢書』のシリーズに登場する「ナナ」がモデルだといわれています。

このシリーズで特に有名なのが『居酒屋』と『ナナ』です。

『居酒屋』に登場する、必死に働いてお金を貯め、ついに自分の店を構えるまでになるけれど、夫の怪我がもとで暮らしは困窮し、アルコールに逃げ場を求めて、ついに惨めな最期を遂げるヒロインの洗濯女の娘が「ナナ」です。

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両親のそんな姿を見てきたナナは、華やかな生活に憧れ、美貌を武器に高級娼婦となり、次々男たちを破滅させたあげく、若くして天然痘で死んでしまう…というのが小説『ナナ』のあらすじです。

マネがこの絵を描きあげてから数年後に『ナナ』が出版されているため、マネの絵にインスピレーションを与えたのは『居酒屋』に登場したナナの方だと考えられています。

「ナナ」はよくある娼婦の仮名だった

 

ナナというのは、固有名詞であると同時に、よくある娼婦の仮名であり、「愛人」の意味でも使われる言葉でした。

なのでゾラの小説とは全く関係がなく、単に娼婦としてよくある名前を題名に付けただけの可能性もあります。

背景にある日本風の織物に鶴が描かれていますが、フランス語で「鶴」は「娼婦」を示す隠語でもありました。

ゴッホも同じような意味合いで絵の中に鶴を描いています。↓

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シルクハットの紳士の目の前で、下着姿のまま堂々とお出かけ用の化粧をしているところからもわかるように、これはもう見間違いようもなく「囲われた愛人」です。

豪華な邸は彼によって与えられたものでしょう。

ドゥミ・モンディーヌ

このナナは高級娼婦、いわゆるドゥミ・モンディーヌとわかります。

ドゥミ・モンディーヌというのは、ドゥミ・モンド(=半社交界)に生きる女性のことを指します。

上流階級人士の集う社交界には、半分しか入れない。

パトロンといっしょなら入れるが、ひとりだと出入り不能。

そう聞けば、気の毒に、と思うかもしれませんが、彼女たちは末端から這い上がった、いわば勝者でした。

貧しい野心家の女性たちの憧れの的だった。

昨日までは屋根裏部屋に住み、一日15時間もアイロンをかけていた身が、一挙に豪奢な暮らしを手に入れ、たとえ半分だろうと社交界へ出入りし、パリのファッション・リーダーになっている。

ルイ15世の寵姫ポンパドゥール夫人を思い起こさせる存在だったのです。 

貴族出身でないポンパドゥール夫人が、王宮の中で蔑まれながらも実力によって徐々に周囲をねじ伏せたように、ドゥミ・モンディーヌたちの中には、みごとパトロンの正妻の座を射とめた者や、そこまではゆかなくとも、貯めた財産で店を経営するなどして、悠々自適の後半生を得た者もいました。

デュマ・フィス「椿姫」のモデルとなったマリー・デュプレシは、新聞のインタビューに登場し、「なぜドゥミ・モンディーヌになったのですか」との問いに、「ひとりでは得られない贅沢な暮らしを手に入れたかったからです」と率直に答えています。

彼女の邸で夜毎催されたパーティの華やかさは、語り草でした。

しかしドゥミ・モンディーヌの盛りは短いものでした。

新しい若いライバルが続々と出てきて、今日のパトロンが明日も自分のそばにいるとは限りません。

もちろん男の側が真剣になり、愛人を正妻にすべく奮戦しながら叶わなかった例もあったでしょう。

結婚は親族全体の階級維持がかかっているので、本人ひとりでは決めることができませんでした。

そのための算段がきちんとできる女性だけが生き残るのであって、大半は棄てられ、また元の生まれた場所へころがり落ちていきました。

有産階級の男たちにとって、彼女らは消耗品でした。

マリー・デュプレシもわずか23歳にして結核で死にますが、病床についた途端、潮が引くように男たちはいなくなり、まだ息のある彼女のベッドの天蓋までも、借金取りはむしり取っていったといいます。

マネが描いたナナは、なんとはつらつとして健康美にあふれ、幸せそうなことか。

彼女のような女性を金で買う側のブルジョワジーにとっては、最高に好ましい玩具としての、ナナの姿です。

ここには絶頂期のドゥミ・モンディーヌ(の表層)が提示されているだけで、 何ら社会構造の矛盾もそれに対する批判もありません。

マネの視線は、横に座るパトロンと同じものです。

彼女が今このとき何を思っているのか、何を感じているかはこの絵からは全くうかがい知ることができません。

エミール・ゾラとは違い、マネが彼女の没落を想像することは、決してなかったでしょう。