こんにちは!
今回は、ダッドの《お伽の樵の入神の一撃》についてです。
早速見ていきましょう!
目次
お伽の樵の入神の一撃
リチャード・ダッド《お伽の樵の入神の一撃》1855-1864年
10年近く描いていたのに未完成
ダッドの代表作である上の絵は、54×40㎝ほどの小型画面に、さまざまな妖精たちが数え切れないほどびっしり描かれています。
手がけてから8、9年経っても描き終わらず、そのうち別の病院へ移されたため、未完で終わっています。
これほどまでの粘着的、偏執的な描き込みぶりから、典型的な空間恐怖の症状である、隙間を埋めずにいられない強迫神経症があらわれているともいわれています。
サイズの小ささ
画面の中に描かれているデイジーやヘーゼルナッツとの比較で、妖精たちが小さいことがわかります(さらに小さい妖精たちが葉の陰などに隠れています)。
本人がこの絵の解説を残している
教養人だったダッドは、登場人物をシェークスビアやケルト神話やマザーグースなどから引用し、自ら解説も残しています(なので彼らの名前や何の妖精なのかがわかります)。
それによってこの絵のストーリーは、樵が固い木の実を一撃で割るという一大イベントに、大勢の妖精が集まってきて、 多彩な反応を見せているところだ、ということがわかります。
ロミオとジュリエット
そもそも、なぜ妖精たちにとって樵がヘーゼルナッツを割ることが大イベントなのかというと…
シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の中で、妖精の女王マブは、ヘーゼルナッツの殻で出来た車体に乗って毎夜現れ、人々に夢を見させる、という話をしているシーンがあります。
ダッドはこの部分から着想を得て、マブの女王の新しい車を作るため、樵の妖精が固い木の実を一撃で割ろうとしているところを描きました。
ヒーローの樵の妖精
画面中央にいる妖精界のヒーロー、フェアリー・フェラー(妖精樵)が、ヘーゼルナッツを一撃で砕こうと斧を振り上げたところです。
樵は画家本人に似ているようにも見えます。
トンスラの修道士
頭頂部を輪状に剃った「トンスラ」の髪型をした修道士がいます。
馬丁
妖精宿の馬丁が樵を見つめています。
農夫
荷馬車の御者ウィル
荷馬車の御者ウィルは、樵の近くにいる割に、興味がなさそう…。
遊び人
中世風の衣装を着た遊び人の1人が楽器を弾いています。
男女のドワーフ
男女の小人がいます。
男は祈祷師で、右手を差し出すジェスチャーから、ヘーゼルナッツが割れるかどうかの賭けを仕切っていることがわかります。
田舎の恋人たち
男はなめし革業者、女は乳搾りの女です。
2人のメイド
左のメイドは左手に箒を持ち、右手にはスズメガがとまっています。
右のメイドは右手に鏡を持っています。
サルテュス
右のメイドの右下の地面を見ると、ギリシャ神話の半人半獣神で好色なサテュルスがスカートの中を覗いています。
2人のエルフ
ゲルマン神話に起源を持ち、北欧神話にも登場するエルフが描かれています。
洒落男とニンフ
洒落男が昆虫の翅をつけた妖精のニンフに言い寄っています。
教師
なんとも不安げな教師を見ていると、こちらも不安な気持ちに…。
政治家
パイプをくわえた政治家がいます。
首がなくて、肩に頭をのせているようにも見えます。
いなか者
魔法使いと踊り子
金の三重冠をかぶった白髭の魔法使いがいます。
彼がこの場を仕切っており、樵が斧を振り下ろすゴーサインを送ろうとしています。
彼の大きく伸ばした左腕の上方には、あまりに小さくて見過ごしてしまいそうなスペインの踊り子風の妖精たちが行列をなしています。
マブの女王
非常に小さくてわかりにくいのですが、マブの女王が描かれています(車輪の上、赤い部分の上が顔)。
オベロンとティターニア
さらにその上にはシェイクスピアの『真夏の夜の夢』に登場する妖精の王と王女、オベロンとティターニアがいます。
トランペット奏者
2人とトンボのトランペット奏者が描かれています。
兵士、水夫、鋳掛屋、仕立屋、農夫、薬剤師、泥棒
左から、兵士、水兵、鋳掛屋、仕立屋、農夫、薬剤師、泥棒です。
マザーグースの下の歌が元になっています。
Tinker, Tailor,
Soldier,Sailor,
Rich Man,Poor Man,
Beggar Man, Thief.
鋳掛屋、仕立屋
兵士、水兵
金持ち、貧乏人
乞食、泥棒
とはいえ、全く一緒というわけではありません。
ダッドの父親は薬剤師で、上の絵は父親の肖像でもあります。
未完成の部分
絵の下の部分がまだ彩色されていません。
最後に樵の斧を仕上げる予定だったのか、塗り残されています。
クイーン「フェアリー・フェラーの神技」
イギリスのロック・バンドクイーンにはこの絵画をモチーフにした「フェアリー・フェラーの神技」という曲があります。
これはボーカルのフレディ・マーキュリーがテート美術館で本作にインスピレーションを受け、作詞作曲したものです。
絵画も楽曲も原題は同じ「The Fairy Feller’s Master-Stroke」ですが、訳者が違うため異なるタイトルになっています。
歌詞は……今宵は新月。妖精たちが集まってきた。フェアリー・フェラーが斧で木の実を割る神技的一撃を見るために…というように、まさしくこの絵の解説になっています。
ダッドの絵と同じように歌詞には架空の生きものが多く登場し、曲調も錯綜した仕上がりになっています。