ゴッホが描いたルーラン一家の絵を全て紹介!ゴッホの良き理解者だった?

こんにちは!

今回は、ゴッホの描いたルーラン一家の絵を紹介します。

早速見ていきましょう!

ルーラン一家

ゴッホといえば、ひまわりや糸杉など風景画が有名ですが、本人は肖像画を描くことが好きでした。

ではなぜ肖像画ではなく風景画などが多く残っているのかというと、貧乏でモデルを雇うお金がなかったからです。

そんなゴッホが、ルーランという良き理解者であり友人を得たことによって、彼ら一家の肖像画がこうして残ることになりました。

ジョセフ

フィンセント・ファン・ゴッホ《郵便夫ジョセフ・ルーランの肖像》1888年

アルルにやって来た35歳のゴッホは、47歳のジョゼフ=エティエンヌ・ルーランと仲良くなり、その一家をモデルとして複数の肖像画を描きまし。

ゴッホは、ルーランについて、手紙で郵便配達人としていますが、実際には駅の郵便物取扱係でした。

フィンセント・ファン・ゴッホ《郵便夫ジョセフ・ルーランの肖像》1888年

ゴッホは妹ウィル宛の手紙でルーランのことを「頭部はソクラテスに似て、鼻はほとんどあるかなしか、……たっぷりとしたごま塩の髭、大きな耳を持ってる。この男は強烈な共和主義者にして社会主義者で、議論もなかなか上手い」と評しています。

フィンセント・ファン・ゴッホ《郵便夫ジョセフ・ルーランの肖像》1888年

フィンセント・ファン・ゴッホ《郵便夫ジョセフ・ルーランの肖像》1888年

ルーランは、ゴッホがゴーギャンとの共同生活がうまくいかず耳切り事件を起こし、病院に入院したときも、退院後も彼を温かく見守り、弟テオにゴッホの状態を連絡していました。

フィンセント・ファン・ゴッホ《郵便夫ジョセフ・ルーランの肖像》1889年

1889年1月に、ルーランが仕事の都合でマルセイユに移住していることから、花散りばめた3点は、以前描いた同じ構図の作品を模写したものと考えられています。

フィンセント・ファン・ゴッホ《郵便夫ジョセフ・ルーランの肖像》1889年

フィンセント・ファン・ゴッホ《郵便夫ジョセフ・ルーランの肖像》1889年

オーガスティン・ルーラン夫人

フィンセント・ファン・ゴッホ《オーガスティン・ルーランの肖像》1888年

37歳のルーラン夫人は、ゴッホのことをあまりよく思っていなかったそうですが、モデルにはなってあげたようです。

ポール・ゴーギャン《ルーラン夫人》1888年

ゴーギャンもゴッホと一緒にルーラン夫人の絵を描いています。

フィンセント・ファン・ゴッホ《ゆりかごを揺らす女(ルーラン夫人)》1888-1889年

フィンセント・ファン・ゴッホ《ゆりかごを揺らす女(ルーラン夫人)》1889年

フィンセント・ファン・ゴッホ《ゆりかごを揺らす女(ルーラン夫人)》1889年

フィンセント・ファン・ゴッホ《ゆりかごを揺らす女(ルーラン夫人)》1889年

フィンセント・ファン・ゴッホ《ゆりかごを揺らす女(ルーラン夫人)》1889年

長男アルマン

フィンセント・ファン・ゴッホ《アルマン・ルーランの肖像》1888年

長男のアルマンは17歳で、後に警察官になっています。


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映画『ゴッホ 最期の手紙』は、125人の絵描きが、約62,450枚の油絵を描いて制作した、史上初の全編絵画の長編アニメーション映画です。

ゴッホの絵画は全部で94点引用され、部分的な引用が31点とまさにゴッホづくしの映画なのですが、主人公はこの絵のアルマンです。

この絵のまま登場するので、是非チェックしてみてください。

フィンセント・ファン・ゴッホ《アルマン・ルーランの肖像》1888年

フィンセント・ファン・ゴッホ《帽子をかぶった青年(アルマン・ルーラン)》1888年

次男カミーユ

フィンセント・ファン・ゴッホ《カミーユ・ルーランの肖像》1888年

11歳のカミーユが描かれています。

フィンセント・ファン・ゴッホ《カミーユ・ルーランの肖像》1888年

フィンセント・ファン・ゴッホ《カミーユ・ルーランの肖像》1888年

末っ子マルセル

フィンセント・ファン・ゴッホ《マルセル・ルーランの肖像》1888年

末っ子のマルセルは女の子です。

フィンセント・ファン・ゴッホ《マルセル・ルーランの肖像》1888年

フィンセント・ファン・ゴッホ《マルセル・ルーランの肖像》1888年

フィンセント・ファン・ゴッホ《オーガスティン・ルーラン夫人とマルセルの肖像》1888年

フィンセント・ファン・ゴッホ《オーガスティン・ルーラン夫人とマルセルの肖像》1888年