こんにちは!
今回は、ポンペイの秘儀荘についてです。
早速見ていきましょう!
秘儀荘
秘儀荘とは
あやしい名前の由来
「秘儀荘」という一見するとあやしい名前は、この建物からディオニュソスの秘儀を描いたとされるすばらしい壁画が見つかったことが由来です。
ポンペイレッドを背景に等身大の人物が描かれた壁画で、様々な解釈があるものの、当時流行していたディオニュソス信仰への入信の儀式を描いたものだと考えられています。
小さな建物から大豪邸へ
秘儀荘という名前から、小さな隠れ家のようなものを想像してしまいますが、実際には約90部屋、さらにワイン製造所まである大富豪の別荘です。
元々は小さな建物でしたが、増改築を重ね、次第に大きくなっていきました。
紀元62年の大地震の後は農業会社として使われ、オリーブオイルで富を築いていたようです。
その一室に「ディオニュソスの秘儀」を描いた部屋がありました。
酒の神ディオニュソス
ディオニュソス(バッカス)は、ギリシャ神話に登場する豊穣と酩酊とワインの神です。
ディオニュソス信仰は、ひどく野蛮でした。
マイナデスと呼ばれるディオニュソスの信女たちは、サテュロス(雄山羊の耳と足と尻尾を持つ半神半獣)と共に、トランス状態になり森で乱痴気騒ぎを繰り広げました。
素手で野生動物を殺して生肉を食べたり、血やぶどうを顔に塗りたくったり、獲物の皮をまとったり…。
ディオニュソスはローマの女性に最も人気のある神でしたが、ローマ政府はこの信仰を禁止しました。
そのためディオニュソス信仰は、ローマから離れた南イタリアを中心に広まっていきました。
「ディオニソスの儀式」は、子供のいない女性や結婚したばかりの女性が多産になるようにと祈願して入るものだったようです(ディオニュソスは豊穣、つまり多産も司っています)。
壁画に描かれた謎の宗教と儀式
2000年も前に描かれた壁画です。
縦3m、横17mの壁画には、当時この辺りで流行し、後にイタリア全土に広まったディオニュソス信仰の秘密の儀式の様子が描かれていると考えられています。
とはいえ、それが一番有力な説だろうといわれているだけで確証はありません。
謎の宗教と謎の儀式が描かれている壁画を詳しく見ていきましょう!
左端にいる入信者の女性(女主人説も)が、玉座に座っている司祭の巫女(伝授者)に近づいています。
入信者の前で裸にブーツの少年が、ディオニュソスの儀式の作法を読み上げています。
少年のヌードは彼が神聖であることを、ブーツは儀式の劇的な側面を示しているのでしょう。
少年の後ろに座る巫女は、左手に巻物、右手にスタイラス(つまり昔のペン。先端が尖っていてそれを押し当てて書く)を持っています。
入信者が無事この入信の儀礼を終えることができたら、入信者のリストに彼女の名前を追加するつもりなのでしょう。
右側には、紫色のローブと結婚のシンボルであるギンバイカ(マートル)の冠を身につけた入信者がいます。
マートルは、愛と美の女神ヴィーナスを連想させるアイテムの一つです。
さらに彼女は、月桂樹の小枝と供物をのせたお盆を持っています。
彼女は、神または女神に仕える少女に変身したように見えます。
また、彼女のお腹は妊娠しているようにも見えます。
こちらに背を向けて座っている巫女の頭にもギンバイカの冠があります。
彼女は、付き添いの女性が持っている儀式用のかごから覆いを外そうとしています。
バスケットの中身については、月桂樹、ヘビ、花びらなどでは?と考えられています。
巫女が月桂樹の小枝を浸そうとしているボウルに、ギンバイカの冠をした付き添いの女性が浄化水を注いでいます。
奉納の儀式の横では、ディオニュソスの従者シノレスがうっとりとした表情で竪琴を奏でています。
シノレスは、バッカスを育てた太鼓腹で紅色のサテュロスです。
その後もディオニュソスの従者サテュロスのグループが続きますが、その間に恐怖におののく黒いマントの女性が描かれています。
若い男性のサテュロスが木管楽器のパンパイプを演奏し、ヤギに授乳するニンフが描かれています。
これらは人間の中にあるもっと本能的な、動物的な状態への移り変わりを表しています。
びっくりして手を振り上げている入信者は何に怯えているのでしょうか。
その先の場面でサテュロスが掲げている恐ろしい仮面に怯えているのでしょうか、更にその先の鞭打ちの場面に怯えているのでしょうか。
逃げるなら今しかありません。
おそらく、一部の入信者は実際に逃げたのでしょう。
彼女が恐怖で見つめている方向には一体何があるのでしょうか?
若いサテュロスに酒を飲ませている太ったシノレスや、恐ろしい仮面を掲げているサテュロスが描かれています。
シノレスは驚いている入信者を不満げに見ています。
ボウルには、怯えた入信者のために、入信者をトリップさせる魔法の飲み物キュケオーンが入っているのではともいわれています。
右にはディオニュソスと座る彼の妻アリアドネ(ディオニュソスの母セメレ説も)がいます。
彼らが部屋と儀式の両方の中心に位置していることもからもわかるように重要なシーンです。
ディオニュソスとアリアドネの結婚は天上の結婚、つまり幸福を象徴するとされ、この壁画はディオニュソスの秘儀・ディオニュソス信徒の入信儀式が描かれていると解釈されています。
ツタの冠を身に着けたディオニュソスの近くには、黄色いリボンが結ばれている長い杖テュルソス(奇蹟をもたらす魔法の杖)があります。
彼は既に酔っぱらっているのか右足のサンダルが脱げています。
フレスコ画はひどく損傷していますが、彼は恍惚の表情でアリアドネを見ているようです。
王位に座っていることからもわかるように、女王である彼女が一番偉いわけで、彼の母セメレだった場合、母は偉大だ、というメッセージを読み取ることもできます。
巫女の前にひざまずく入信者は、帽子をかぶり、杖を運んでいます。
これは通常、入信の儀式が無事完了した後の格好です。
キュケオーンを飲んだ後、彼女に何があったのかは謎ですが、何かしらの儀式を終えたのでしょう。
入信者の後ろには、ひどく損傷しているためわかりにくいのですが2人の女性(巫女)がいます。
1人は入信者の頭の上に松葉らしきものを載せたプレートを持っており、もう1人はその後ろにいます。
入信者はベールを取ろうとしています。
中には、ファルスまたはヘルマ(どちらも男根モチーフのオブジェ)があると考えられており、これらは受胎を意味していると考えられています。
黒い翼の女性は、恥や謙虚の女神エイドスです。
女神は鞭を振り上げています。
このシーンでは、拷問と変容を表しており、儀式のクライマックスが描かれています。
鞭打たれようとする入信者の女性は巫女の膝にうずくまり、助けを求めています(もしくは鞭打たれる彼女をなぐさめているのかもしれません)。
彼女たちの隣には、先端に松ぼっくりのついたディオニュソスの杖テュルソスを持ったマイナス(複数形がマイナデス)がいます。
その前には、試練を乗り越えた女性が裸で喜びの踊りを踊り、シンバルを叩いています。
場面は一転し、若くて美しい女性が座って身支度をしています。
キューピットも鏡を差し出して彼女の身支度を手伝っています。
儀式を無事終えた入信者が、神聖な結婚のための身支度をしているところだと考えられています。
別のキューピッドが彼女を見つめています。
最後の壁画では、入信者の女性が立派な衣装を着て椅子に座っています。
この女性については諸説あり、入信者の母親、この別荘の愛人だという説もあります。
彼女の手をよく見ると、指輪をしています。
彼女がこの壁画に描かれていた入信者だとしたら、この儀式を終えて精神的に成熟したことがわかります。