こんにちは!
今回は、モネとルノワールのご近所物語です。
早速見ていきましょう!
印象派の画風の誕生?!
前回のおさらい
子供が生まれたのにお金が全くなく、人生どん底のモネは、自殺未遂事件を起こします…。
お金はないけど元気
クロード・モネ《昼食》1868-1869年
29歳のとき、カミーユと長男ジャンを描いた上の作品をサロンに提出しましたが落選しました。
夏からパリ近郊のサン・ミッシェルに移り住みましたが、お金がなく、電気や暖房がない生活でした。
モネは知人に「僕の精神はとてもいい状態で、仕事をする気力にあふれています。でも、あの致命的な落選によって、生活のあてがまったくありません」と、悲痛な手紙を書いています。
仲良しのルノワールはご近所さん
そうしたなか、近所に住むルノワールがパンを運んでくれるなど支援してくれました。
クロード・モネ《ラ・グルヌイエール》1869年
ルノワールと一緒に、人気リゾート地ラ・グルヌイエールで絵を描きました。
このときに描いた絵こそ、印象派の画風が誕生した記念すべき絵でもあります。
カンヴァス上で異なる色の絵具を、点や線で隣同士に並べ、見る人の網膜上で色が交わる効果を狙った「色彩分割(筆触分割)法」を生み出しました。
その中でも、ルノワールが人物の形態を重視したのに対し、モネは人物を抽象的な色斑で描き、自然の中に埋没させています。
次回は、モネがいよいよカミーユと結婚&新婚旅行編です。
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