こんにちは!
今回は、ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》を解説します。
早速見ていきましょう!
目次
民衆を導く自由の女神
ウジェーヌ・ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》1830年
何の絵?
1830年、ドラクロワ32歳のときに起きたフランス七月革命を主題として描いた作品です。
政治に関心が薄かったドラクロワにしては珍しく、実際の市街戦を描いた作品でした。
経済的な圧迫や自由の制限により王政に不満を募らせていたパリの民衆が、政府の施設を襲撃し、復古王政は終わりを迎えます。
3日間におよぶこの革命には参加はしませんでしたが、民衆の力を目の当たりにし、革命に共鳴したドラクロワは、この絵を描いたと兄への手紙で語っています。
「汚い絵」と不評
翌年この作品をサロンに出品しますが、「生々しくて汚らしい」「女神が美しくない」などと不評でした。
というのも、当時の美術界ではお上品な女性像がもてはやされていたため、この絵は「なんか汚い絵だな」と受け止められてしまったそう。
戒めとして…
しかし、そんな不評だった作品を、フランス政府は3000フランで買い上げました。
革命後の新政府は、新国王への戒めとして、王宮にこの絵を飾りました。
しかし新国王も結局今までの国王と同様に、民衆を弾圧するようになり、この絵を宮殿に飾ることをやめ、倉庫にしまってしまいます…。
民主政治が確立された1874年に、やっと倉庫から出し、ルーヴル美術館で展示されるようになりました。
自由の女神
屍の上に立つはだけた裸の女性…誰?って思いません?
場違いにも程がある感じですが、そこが絵画鑑賞のポイントでもあります。
この「場違い感」を演出することによって、「これは普通の女性ではない」ことを訴えています。
銃剣つきマスケット銃を左手に持ち、フランス国旗を掲げ民衆を導いている女性は、フランスのシンボル「マリアンヌ(自由の女神)」です。
彼女は、犠牲を出しつつも民衆を率いて勇しく前進する「自由の象徴」として描かれ、革命の精神を強調しています。
彼女のたくましい姿は、ドラクロワが傾倒したミケランジェロや《ミロのヴィーナス》《サモトラケのニケ》の影響があるといわれています。
女神の太ももなど見てもわかるように、この絵は、遠くのものは小さく見えるという視覚の原理を用いて、難しい角度を立体的に描く高度な遠近法「短縮法」を用いて描かれています。
女神が被っているフリギア帽は、労働者の帽子であり、解放された古代ギリシャの奴隷がかぶっていた帽子だったことから、革命の市民軍の象徴で自由を表すモチーフとなりました。
描かれている三色旗は、復古王政以前に使われていた国旗です。
民衆が自由を取り戻したことを表しています。
帽子や服装で多様性を表現
この絵に描かれている労働者や兵士たちは、実際にドラクロワが目撃した実在の人物をもとに描いています。
シルクハットをかぶってマスケット銃を持って女神に続く人物は、ブルジョワ階級を表しており、ドラクロワ自身がモデルだといわれてきましたが、別人説もあるそう。
当時の職人がよく履いていた幅広のズボンを履いています。
その奥には、ナポレオンの二角帽をかぶった帝政派の姿も見えます。
つなぎの服は、印刷所の労働者を表しています。
このように、服装でその人物の職業や身分を特定することができます。
ドラクロワは、様々な衣服を描くことで、この革命にあらゆる職業や階級の人々が参加したことを表しています。
工業作業員の王政派の白いリボンつきのベレー帽や、目を見開いている少年軽歩兵の帽子は、戦闘中に入手したものかもしれません。
ファリアーシュ(黒いベレー帽)は、不正に立ち上がる若者と大義に捧げられた犠牲や理系の学生の象徴です。
『レ・ミゼラブル』に登場するガブローシュは、この少年がモデルだといわれています。
反復する「赤・白・青」
この絵、いたるところに「赤・白・青」がちりばめられています。
これらの色は、「自由・平等・博愛」を表す色で、ドラクロワは意図的にこの色を散りばめて描いています。
空もよく見ると、青・白・赤のグラデーションになっています。
構図
自由の女神を頂点とし、底辺には革命で命を落とした人々が横たわるというピラミッド型の構図になっています。
こうすることによって、女神に視線が行くようになっています。
また、女神は下から見上げるアングル、倒れる犠牲者たちは見下ろすアングルで描かれており、鑑賞者の視線を上下左右に揺さぶる構成になっており、絵全体から躍動感や力強さを感じることができます。
ジェリコーの影響
ジェリコーの《メデューズ号の筏》に影響を受けているため、「主題が当時のジャーナリスティックな事件」「登場するのは名もなき人々」「前景に配置された死体」そして「構図が画面に安定感を与えるピラミッド型」などの共通点が見られます。
顔の向きが違った?
ドラクロワはこの絵を描く際に、多数のデッサンを描いています。
デッサンでは、様々な方向を向いた「自由の女神」を描いています。
試行錯誤の結果、ドラクロワが最初に描いたのは、正面を向いた女神でした。
改めてこの絵を見てみると、確かに女神の体は正面を向いています。
それなのに、顔だけが横に向いています。
ものすごく不自然というわけではありませんが、横を向くなら体も多少横向きになりそうですよね、そのことからも、ドラクロワが最初に描いたのは正面を向いた顔だったといえます。
なぜ横向きに?
なぜ正面だった顔を横向きに描き直したのかというと、当時ルーヴル美術館に収蔵されていた古代ギリシャ時代のコインに感化されたからです。
古代のコインには、神々や時の権力者の横顔がレリーフとして刻み込まれていました。
そこに刻まれていた横顔の気高さや印象強さ、はっきりとした輪郭線に強く惹かれ、描き直すことにしたそう。
結果的に、女神の顔を左に向けたことによって、自由を勝ち取ろうと後ろに続く民衆に目線を投げかけ、前へ導いているように見えます。
謎のコード「AE911」という落書き
2013年2月7日、ルーヴル美術館別館に展示してあったこの絵の右下に、28歳の女性が黒いペンで「AE911」という謎のコードを落書きしました。
他の来場者や警備員に取り押さえられた女性は、精神不安定だったそう。
動機は不明のままですが、「911」という数字から、2001年9月11日に起きた米同時多発テロ事件に関する妄想で頭がおかしくなっていたのでは?ともいわれています。
というのも、米同時多発テロ事件に、米国政府が関わっていたとする陰謀論「9/11の真実」という団体にこの女性が関わっていたのでは?とも考えられているからです。まぁ憶測ですが…。
日本人が「911」と聞くと、このテロ事件を思い出す人が多いかと思いますが、日本で言う110番とか119番などの緊急電話番号が、アメリカでは「911」なんですよね。メジャーな数字です。
なので数字だけで「あのテロが関係している?」って思うのは早とちりな気もしますが、そう言った方が話題性はありますよね。
落書きの話に戻ると、絵の表面にワニスが塗ってあったおかげで、きれいに消せたそうです。良かった…。
旧100フラン紙幣に
本作は、1978〜1995年、100フラン紙幣の絵柄として採用されていました。