見ることと見られること ルノワール「桟敷席」を超解説!男女の視線のゲーム

こんにちは!

今回は、ルノワールの《桟敷席》についてです。

早速見ていきましょう!

桟敷席

ピエール=オーギュスト・ルノワール《桟敷席》1874年

この作品は、第1回印象派展にルノワールが出品した6点の作品の中のひとつでした。

劇場の桟敷席に座るファッショナブルなカップルが描かれています。

パリにおける劇場は、産業化の急速な発展とともに広まり、都市の文化活動の中心地となりました。

劇場における女性達は鑑賞者であるとともに、自身が注目の対象でもありました。

ルノワールは、劇場が当時の人々の社交場であり、劇の鑑賞よりも自分を他の人々に見せつけるための場だったことを示しています。

「見る」男性

 

後方に座る男性のモデルは、ルノワールの弟エドモンで、ジャーナリストと絵画の批評を行なっていました。

視線はステージ上の劇には向いておらず、上の席の誰かをオペラグラス越しに眺めています。

 

男性の服の襟と白いネクタイが素早い筆さばきで描かれています。

まさに神ワザ…。

「見られる」女性

 

女性の服装(イブニングドレス)から、夜の公演を見に来ていることがわかります。

 

女性はオペラグラスを下ろし、周囲の観客の目を意識しています。

そう、彼女は見られていることに気付いているのです。

男性は見て、女性は見られる、この男女の対比は現代でも理解しやすいかと思います。

私たち鑑賞者もまたこの女性を見ています。

もし、画家と同性、つまり男性がこの絵の鑑賞者として想定されているのだとしたら、劇場内にいて彼女を観察している男性の観客(つまりこの絵の鑑賞者)を、彼女が見つめかえしているととらえることもできます。

自分を見つめる視線に気づいた若くて美しい女性から、優しげなまなざしで見つめかえされている…なんて魅力的でセクシャルな香のする絵でしょう…。

パートナーのいる女性と、そのパートナーに気づかれず(彼もまた違う女性を熱心に見ている)視線を交わしあう男性である鑑賞者は、ますます胸をときめかせ…。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ニニ・ロペスの肖像》1876年

女性のモデルは、モンマルトルに住んでいたニニ・ロペスという人物で、ルノワールの制作する絵画に頻繁に登場し、「魚のような無表情」のモデルとして知られています。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ニニ・ロペスの肖像》1876年

ルノワールはニニを作品のモデルとして起用し、1875年から1879年の間に少なくとも14回は彼女を描きました。

 

近くで見ると何が描いてあるのかわからないのに、少し遠ざかると、そのものが立体的に浮かび上がってきます。

 

こちらも、近づくと絵具のかたまりにしか見えないのに…遠ざかると華やかな花にたちまち変身します。

謎の2つの黒い点

 

画面右、女性のドレスの近くに謎の黒い点が2つあります。

言われるまで気づかなかった人も多いかと思いますが、一度気付くとかなり気になってきませんか?

現代の、しかも日本に住む私たちが見ても何なのかよくわかりませんが、当時、この絵を見た人々にとっては見た瞬間に何なのかわかるものでした。

何なのかというと、白テン(アーミン)の尻尾です。

19世紀フランスのファッション雑誌を見るとよくわかりますが、白テンの毛皮(毛皮は白で尻尾が黒)のコートがイブニングドレスの一種として流行っていました。

彼女は白テンの尾が付いたストールまたはマフラーを身につけていたのでしょう。

それが肩から滑り落ちているようです。

どういうものなのか予想される実物の写真は、この絵を所蔵しているコートールド美術館がこの絵を解説している動画にあるので興味のある方は↓(再生ボタンを押すと白テンマフラー実物写真の部分まで飛びます)

 

イアサント・リゴー《ルイ14世の肖像》1701年

白テンの毛皮は、ヨーロッパの王族や貴族が好んで着用していました。

太陽王ルイ14世のマントの黒い点も、全てこの白テンの尻尾です…。

すごい数の白テンが犠牲になったことがわかります。(つまりそれだけ高価なものだとアピールできる)

ルノワールの絵が描かれた頃というのは、デパートができ始めた時代でした。

デパートでショッピングを楽しめるのは裕福な人々です。

ルノワールは、ルイ14世のように(程度は違いますが)贅沢できる高い社会的地位を見せつけるアイテムとして白テンのマフラーをさりげなく描いたのかもしれません。

そう考えるとこの女性は、裕福である程度の地位がある優雅な女性、ということになります。

しかし一方で、ファッションに夢中になっているだけの空虚な若いパリの女性、着飾った下層階級の女性、高級娼婦と考えることもできます。

どちらにせよ、ルノワールは実際のシーンを描いたのではなく、2人ともモデルを使って描いているので、女性の社会的地位がはっきりすることはありません。

 

そもそもこの白テンのマフラーは絵に必要だったの?と思うかもしれませんが、これがないとどうなるかというと…

 

そう、絵画のバランスが崩れるんです!

この2つの黒い点があることで、絵が生き生きとしてきます。

このこそがこの絵で1番大事な部分のようにも見えてきます。

まさしく「神は細部に宿る」。

小さいサイズの「桟敷席」

ピエール=オーギュスト・ルノワール《桟敷席》1874年