こんにちは!
今回は、セザンヌが最も多く描いた人物でもある、妻のオルタンス・フィケの絵を紹介します。
早速見ていきましょう!
オルタンス・フィケ
オルタンス・フィケは、フランスのサリニーで生まれました。
モデル
製本の仕事をしつつ、私立の画塾アカデミー・シュイスでモデルのバイトをしていました。
1869年、18歳の彼女は、この画塾で30歳のセザンヌと出会います。
セザンヌの父親からの反対
裕福な銀行家だったセザンヌの父親は、階級の低いフィケとの付き合いを許すはずもなく、仕送りがなくなると困るセザンヌは、彼女のことを隠し続けました。
1872年、息子のポールが生まれましたが、もちろん父親には隠したまま…。
仮面夫婦
1886年、父親が亡くなり、彼女と結婚しますが、この頃には2人は別居状態でした。
なぜ結婚したのかというと、遺産を息子のポールに相続させるためです。
セザンヌが描いたフィケの肖像画の多くは、夫婦仲が冷め切った後に描かれたものでした。
なので、モデルとして必要な時にだけ、パリにいたフィケを呼び、エクスの自分のところまで来てもらっていました。
形への興味
人物を魅力的に描くことよりも、その「形」に興味がありました。
なのでどの肖像画も無表情です。
セザンヌにとって表情の表現には興味が無かったことがよくわかります。
そうなってくると、フィケではなくて誰でも良かったのでは?と思うかもしれませんが、なかなか彼女の代わりになるモデルはいませんでした。
なぜならセザンヌは、絵を描いている途中でモデルが少しでも動くことを大変嫌がり、激怒しました。
長時間同じポーズのままじ〜〜っとしていられる忍耐強さの持ち主、それが元モデルであり妻のフィケでした。
セザンヌ夫人の肖像
《赤い椅子に座ったセザンヌ夫人》1877年頃
《セザンヌ夫人と扇》1878-1888年
《庭にいるセザンヌ夫人》1879-1882年頃
《縞模様の服を着たセザンヌ夫人》1883-1885年
《セザンヌ夫人の肖像》1883-1885年
《セザンヌ夫人の肖像》1885-1886年
《セザンヌ夫人の肖像》1885-1886年
《セザンヌ夫人の肖像》1885-1886年
《セザンヌ夫人の肖像》1885-1887年
《セザンヌ夫人の肖像》1885-1890年
《セザンヌ夫人の肖像》1886-1887年
《セザンヌ夫人の肖像》1888-1890年
《青いドレスを着たセザンヌ夫人》1888-1890年
《赤いドレスを着たセザンヌ夫人》1888-1890年
《黄色い椅子に座ったセザンヌ夫人》1888-1890年
《緑の帽子を被ったセザンヌ夫人》1891-1892年
《温室のセザンヌ夫人》1891年
《セザンヌ夫人の肖像》1890年
《赤いドレスを着たセザンヌ夫人》1890-1894年