ルノワール家の子守ガブリエルを超解説!ジャンとの強い絆とは?

こんにちは!

今回は、ルノワール家の子守ガブリエルについてです。

早速見ていきましょう!

ガブリエル・ルナール(1878-1959年)

ルノワール家の子守

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ルノワールの家族の肖像》1896年

ルノワールの妻アリーヌのいとこガブリエル・ルナールは、16歳のとき、ルノワール家の乳母兼メイドとして働くためにやってきました。

この頃ルノワール家では、次男のジャンが産まれようとしていました。

上の絵の右下でしゃがんでいる女性がガブリエルです。

緑の帽子の女性がアリーヌ、彼女の腕を握っているのは長男のピエール、白い服を着ているのは次男のジャンです。

約200枚のモデルに

《ガブリエルとバラ》1911年

ガブリエルは、家事育児、画家の療養介助、絵画のモデル(なんと裸体モデルまで)を務めました。

ルノワールはガブリエルをモデルに160〜200枚ほど描きました。

《座っているガブリエル》1895年

次男ジャンとの強い絆

《ガブリエルとジャン》1895年

ガブリエルはジャンと強い絆を築き、それは生涯続きました。

《ガブリエル、ジャンと少女》1895年頃

ガブリエルはジャンに、モンマルトルのギニョール人形劇を紹介しました。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ガブリエルとジャン》1895年

彼女は新しく発明された映画に魅了されており、ジャンが2歳くらいのとき、映画を見にジャンを連れていきました。

これがジャンにとって最初の映画でした。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《おもちゃで遊ぶ子供、ガブリエルと画家の息子ジャン》1895-1896年

《ジャン・ルノワールとガブリエル》1896年

ルノワールが描いたガブリエル

《赤いブラウスのガブリエル》1896年

《バラとガブリエル(シチリアの女性)》1899年

《麦わら帽子をかぶったガブリエル》1900年

《ガブリエルの肖像(花を持つ少女)》1900年

《庭のガブリエル》1905年頃

《シュミーズのガブリエル》1905年

《横たわる裸婦(ガブリエル)》1906年

《読書をするガブリエル》1906年

《ネックレスを身につけているガブリエル》1906年

《ガブリエルの肖像》1906年

《窓の近くにいるガブリエル》1907年

《胸をはだけたガブリエル》1907年

《オープンシャツのガブリエル》1907年頃

《ガブリエル》1907年

《縫い物をするガブリエル》1908年

《帽子をかぶった若い女性》1909年

《赤いブラウスを着たガブリエル》1910年

《バラとガブリエル》1910年

《右腕を拭く浴女》1912年

《赤いブラウスを着たガブリエル》1913年

晩年のルノワールを支える

《ヴィーナスの読書(彫刻のあるガブリエル)》1913-1915年

そしてジャンの成人を見届けると、一旦は家を去りましたが、1915年にアリーヌが亡くなるとすぐ戻り、ルノワールの晩年を支えました。

その頃のルノワールは、リウマチで手が屈曲しており、彼女に手に絵筆を縛り付けてもらい絵を描いていました。

裕福な画家と結婚

ルノワールが亡くなって2年後、ガブリエルはジャン立ち会いのもと裕福なアメリカ人の画家コンラッド・ヘンスラー・スレイドと結婚しました。

生まれた息子には「ジャン」という名前を付けています。

アメリカへ

その後、ナチス・ドイツによるパリ占領を機にアメリカに渡りました。

同じ時期にフランスで映画監督となったジャンもアメリカに移住し、ハリウッドに進出しています。

1955年に夫が亡くなり、ガブリエルはジャンの住むハリウッド郊外のビバリーヒルズに引っ越しました。

1959年、ビバリーヒルズの自宅で亡くなりました。