こんにちは!
今回は、ホーマー《メキシコ湾流》と《ハリケーンの後で》についてです。
早速見ていきましょう!
目次
メキシコ湾流
ウィンスロウ・ホーマー《メキシコ湾流》1899年
壊れかけの小さなボートに乗って、荒れ狂う海と戦っている男性が描かれています。
その周りには獰猛なホオジロザメの群れ…絶体絶命、彼の運命やいかに?
ジョーズ
この作品の中で、1番ぞっとするのは巨大ホオジロザメの存在です。
ホオジロザメといえば、パニック映画の代表作『ジョーズ(顎の意)』を思い浮かべる方も多いはず。
ちなみにジョーズというのはサメの名前などではなく、「顎」という意味です。
ホオジロザメという名前は、側頭部が白い「頬白鮫」からきています。
海で無邪気に泳いでいる人間を、鋭い嗅覚で餌と認識して近づき、ノコギリ歯で瞬時に噛みちぎり、呑み込む際には目玉がでんぐり返るその姿に、恐怖を感じずにはいられません。
船内でも安全とは限らず、そのサメ肌の一擦りで小型漁船なら底を抜いてしまうことや、痛覚がないので反撃にも強く、襲われたらなす術がありません…。
そのため、サメは死と恐怖の象徴と捉えられています。
ですが、実際にはホオジロザメは海の王者というわけではなく、天敵のシャチにあっさり喰われてしまうそう…。
ところが主人公の視線は他に向いています。
なぜでしょうか?
ボートの名
ボートの鱸には、「Anna – Key West」(キーウェスト島のアンナ)と船名が記されています。
カリブの海賊を真似て、愛する女性の名を魔除けに付けたのかもしれません。
その願いも虚しく、舳先のマストは無惨に折れ、帆は破れ落ち、右舷のへりは壊れ、ボートはもはや航行不能で、流されるばかりです。
遠すぎる希望
画面左上に大型帆船がかろうじて見えますが、この距離では気づいてはもらえないでしょう。
死を暗示するモノたち
この男の死を暗示するような葬式的モチーフが描かれている、と解説する美術評論家もいます。
それによれば黒い留索具は墓地の十字架、開いたハッチは棺、白い帆は死者をくるむ屍衣の象徴だと主張しています。
状況的にも絶体絶命なので、そう言われると、そう見えてきます…。
青年は何をしているのか
絶体絶命のピンチに陥っている青年。
彼の表情は何を表しているのでしょうか。
腕で上半身を支え、デッキに脚を投げ出しており、心身の緊張はうかがえません。
ちぎれたロープを掴む手も力強さに欠け、ボートがさらに傾けば、あっさり海に投げ出されてしまいそうです。
彼はサメを怖がっている様子もありません。
そう、サメが問題なのではないんです。
彼が首をまわす後方に、その答えはあります。
大きな脅威の前では…
ハリケーンです。
タイトルとなったメキシコ湾流は、黒潮と並ぶ世界最大の海流です。
メキシコ湾がたびたび巨大ハリケーンに襲われるのは、熱帯低気圧がこの暖流に乗って次第に勢力を増してゆくからです。
空を覆う禍々しさ、まだかなり遠いのに、海面はかなり荒れています。
海上ばかりか海面下でも、激烈な嵐が吹き荒れています。
海の生きものたちも、そこから逃れようと上昇、または海面へ吹き上げられており、パニック状態です。
水面から顔を出しているのは、ボートの周りのホオジロザメだけではありません。
大中小さまざまな魚やウミヘビ、トビウオが描かれています。
つまりこの絵は、サメが青年を襲おうとしてボートに体当たりしているわけでもなければ、青年が巨大サメに怯えているわけでもありません。
人間もサメも、絶体絶命のピンチを迎えているという意味では、この時ばかりは仲間です。
彼の運命やいかに
鑑賞者に主人公がかわいそうだと責められたホーマーは、「心配無用、彼は助かります」と答えた、という逸話が残っています。
ハリケーンの後で
ウィンスロウ・ホーマー《ハリケーンの後で》1899年
ホーマーは《メキシコ湾流》と同年に、まるで続きのような絵《ハリケーンの後で》を発表しました。
ボートとともに砂浜に打ち上げられた黒人青年は、どうやら危機を脱したようです。
何かがおかしい
あぁ、よかった、彼は死ななかったのか…とほっと一息つくも、よく見ると、《メキシコ湾流》の黒人青年とは別人です。
顔もズボンの色もボートも違います。
この船にはアンナという船名が記されていません。
本心は…
ホーマーは《メキシコ湾流》についてあれこれ言われることに腹を立てており、野次馬達を黙らせようとこの絵を描き、主人公は助かったと誤解させて裏で笑っていたのかもしれません。
というのも、ホーマーはひねくれ者としての逸話がいくつも残っており、周りから言われたことを素直に聞くようなタイプでは決してないからです。
グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち
アメリカの映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』に、《メキシコ湾流》のような絵が登場します。
のような、と言ったのは、模写ではなく、構図と小道具を拝借して描いた下手な水彩画だからです。
下手とはいえその絵は、描き手の絶対の孤独と寄る辺なさを示す小道具として登場しています。
これができるのも、アメリカで《メキシコ湾流》自体の知名度が高いからです。
この映画の中にはマティスの《ダンス》も登場しています。
習作
ウィンスロウ・ホーマー《サメ漁》1885年
ウィンスロウ・ホーマー《遺棄船(サメ)》1885年
ウィンスロウ・ホーマー《「メキシコ湾流」の習作》1898-1899年
ウィンスロウ・ホーマー《メキシコ湾流》1899年