モッサ「飽食のセイレーン」を超解説!獰猛なロリータセイレーン?

こんにちは!

今回は、モッサの《飽食のセイレーン》についてです。

早速見ていきましょう!

飽食のセイレーン

ギュスターヴ・アドルフ・モッサ《飽食のセイレーン》1905年

本当のセイレーンは鳥女?

海の難所にあって、その美しい歌声で男たちを惑わせてきた怪物セイレーン。

その姿はそれぞれの画家が想像を膨らませ、人魚として、鳥として、自在に描かれてきました。

古代ギリシャのセイレーンは、2〜7人姉妹(人数は諸説あり)で、首から上が女、胸からは鳥という「鳥女」でした。

だから彼女たちは鳥のように歌います。

ロリータなセイレーン

 

まだあどけない顔立ちをしたセイレーンは、しっかりとカールをほどこした当時の流行ヘアスタイルをしています。

また、目をとても大きく見開いた状態で描くことで、異常事態が起こっていることを鑑賞者は直感的に感じとります。

三白眼気味の目の周りをしっかりメイクをしたように際立たせることで、余計に恐怖を煽る表情になっています。

怪鳥ハルピュイアとのダブルイメージ

赤い帆を張った船が座礁して傾いています。 

セイレーンはこの船の乗り手たちを巨大な鉤爪で切り裂き、喰らったばかりです。

彼女の愛らしい口からしたたる血は首筋まで伝い、白い肌や羽毛に血痕が見え、足の鉤爪のべっとりした血糊もインパクトがあります

 

脚の猛々しさも特筆もので、鳥肌の薄気味悪さと精緻な装飾性が合体しています。

しかも模様の中には、鎌首をもたげてこちらを見据える蛇がこっそり描き加えられています。

『オデュッセイア』によると、セイレーンの島には彼女らに殺された人間たちの骨がうずたかく積もっていたと書かれてはいますが、死に追いやった人間を喰ったという記述はありません。

モッサはこのセイレーンを、屍肉を喰い散らかす怪烏ハルピュイア(ハーピー)に重ねていると考えられています。

「掠め取る者」という意味のハルピュイアもまた、女の顔と胸、鳥の体と爪を持ちます。

きっとこの大きな鋭い爪で、溺死者の体を引き裂いたのでしょう。

ハルピュイアは、食べものを見ると我慢できず、貪っても貪っても満たされることのない貪欲の象徴でもあります贅沢三昧のマリー・アントワネットがハルピュイアになぞらえられたのはそのためです)。 

 

モッサのセイレーンがハルピュイアでもあると言えるのは、女の顔に鳥の体という見た目だけではなく、翼からもわかります。

実はこの独特な翼は、中米から南米にかけて棲息する大型猛禽類「ハーピーイーグル」のものです。

ハルピュイアの名を冠されたこの鷲(日本語では「オウギワシ」)は、雄より雌のほうが大きく、猛禽類最強と言われています。

猿やイグアナ、時に子ヤギまで、最大4キ口の獲物を捕まえて巣へ運ぶことができるそう。

絵の中のセイレーンは、こちらにぴたりと視線を合わせます。

飽食したはずなのに、その見開いた大きな目は、まるで新たな餌を見つけたといわんばかりに興奮で輝いています…。

洪水で沈んだ故郷ニース

背景に描かれているのは、エーゲ海ではなく、モッサの故郷ニースです。

生涯を通じてニースで暮らしたモッサですが、彼がなぜセイレーンの背景に、水没したニースの町を描いたのかはわかりません。

岩礁の多い海に見紛いますが、実は洪水で沈んだニースの町という設定なのです。

実際にはニースが水浸しになったことはなく、モッサの幻想としての光景です。

ニースには12世紀まで川があったことは知られているので、もしかするとその川が氾濫した記録などを読んで描いたのかもしれません。

 

画面左側の大きな建造物は、ジュア・プロムナードのカジノで、これはすでに取り壊されて現存していません。

 

しかしその他の建物は、 たとえば、一番前景のドームがサン・レパラート大型堂、

 

船が乗り上げている建物がニース中央駅、

 

一番奥にニースで最も大きな教会ノートルダム寺院を確認することができます。

セイレーンが留まっているのは、ニースの目抜き通り「ケ・デ・ゼタジュニ(アメリカ堤通り)」の東端の高台にあるお城ということもわかっています。

まるでセイレーンが目の前にいるかのように画面手前に巨大に描かれているので、鑑賞者はセイレーンと同じ視点から、水に沈んだニースの町を見下ろしている気分になります。

 

彼女の足元には、1 匹のカニがかすめるように横切っています。

謎の豚の怪物

 

水面から出ている各建物の尖塔の上には、巨大な豚の頭を持つ謎の怪物が描かれています。

モッサは「海の底から群れを成してやって来た、緑がかった、汚らわしい、豚の頭を持った怪物が、あちらこちらに残存する死体の骨を血にまみれた鼻でぼきぼきと音を立てて砕いていた」という文章を残しています。

ギュスターヴ・アドルフ・モッサ《キルケー》1904年

セイレーンと出会う前のオデュッセウス一行が魔女キルケーの島に上陸し、部下たちが豚に変えられた物語を思い起こさせます。

セイレーンとキルケーそれぞれの物語を、イメージ的に1つの画面に重ねる手法がとられています。

紙片

 

紙片にはモッサのサインとMCMV(1905年を表すローマ字)が記されています。