英雄イアソンを超解説!金羊毛ゲットのために竜と戦う?

こんにちは!

今回は、ギリシャ神話に登場する英雄イアソンを解説します。

早速見ていきましょう!

イアソン(ジェイソン)

ミケーレ・コルタッツォ《イアソンと金羊毛》1808年頃

ギリシャ名:イアソン、ローマ名:イアソン、英語名:ジェイソン

アトリビュート:金羊毛

アテナイを代表する英雄です。

ケンタウロス族の賢人ケイロンから教えを受けたイアソンは、ヘラクレスを含む50人の勇者を集めました。

彼らは「アルゴナウタイ(アルゴ号乗り)」と呼ばれ、イアソンを船長に、竜が見張る空飛ぶ雄羊の金羊毛を探しに危険な旅へと向かいました。

賢人ケイロンから学ぶ

イアソンの両親は、テッサリア地方のイオルコスを治めていましたが、ポセイドンの息子である叔父ペリアスにより王位を追われてしまいました。

息子を殺されることを恐れた両親は、イアソンが生まれると、死産と嘘をつき、お葬式まで挙げました。

そして、ひそかにイアソンをケンタウロス族の賢人ケイロンのもとにやり、賢人の教えを受けたイアソンは優れた戦士に成長しました。

ケイロンは、イアソンが16歳になると、彼に出生の秘密を教えました。

こうしてイアソンは、故郷に戻って王位を奪還することを決意しました。

片方のサンダル

故郷へ戻る道すがら、イアソンは老婆と出会いました。

しかし、この老婆は実は変装したヘラで、「川を渡る手助けをしてほしい」と頼みました。

イアソンは、老婆を背負って川を渡りますが、片方のサンダルを無くしてしまい、叔父ペリアスの統治する故郷に着いて宮殿に迎え入れられたときには、片方しか履いていませんでした。

以前、「サンダルを片方だけ履いた風神アイオロスの末裔がそなたの命を奪う」という予言を受けていました。

腹黒い叔父

アンニーバレ・カラッチ《イアソンとメディア(18枚の中の1枚)》1583~1584年

ギリシャ人の例にたがわず、イオルコス王ペリアスも神々を恐れていました。

それだけに、城に迎え入れた甥のイアソンを祝祭の日に殺すなどもってのほかで、親族、客へのもてなし、祝祭はいずれも極めて重要で、3重の罪に思えて苦悩しました。

困り果てたペリアスは、イアソンの要求を受け入れたふりをし、ゼウスが贈ったといわれる「空飛ぶ羊の金羊毛」を見つけてくるよう難題を課しました。

この羊毛は、遠い地の果てのコルキスの木に吊り下げられ、竜に見張られていました。

この金羊毛をテーマにした文学作品は多数あり、ベルギーのコミック『タンタン』の最初の映画『タンタンとトワゾンドール号の神秘』も金羊毛をテーマにしています。

アルゴ号

コンスタンティノス・ヴォラナキス《アルゴ号》

若く血気盛んなイアソンは、ペリアスの悪賢い提案にしりごみするどころか、喜んで受けて立ちました。

彼は賢明にも、危険と栄光を求める50人の勇者を集めました。

なかには、ヘラクレス、オルペウス、カストルとポリュデウケスもいました。

さらに、一隻の船を建造しました。

この船はヘラの庇護を得て、海を渡るための言語能力と予知能力を与えられました。

「アルゴ(敏速)」という船名と「ナウタイ(船乗り)」の語から、一行は「アルゴナウタイ(アルゴ号乗り)」と呼ばれ、一段式ガレー船に乗って出航しました。

有名な騎士団の名前にも

ベルナールト・ファン・オルレイ《皇帝カール5世の肖像》1515-1516年頃

金羊毛騎士団は、知名度もセレブ度もNo.1の騎士団です。

1430年に、ブルゴーニュ公フィリップ善良公により創設され、現在もスペインで存続しています。

かつての選り抜きの大貴族たちは、金羊毛の羊があしらわれた勲章を首にさげていました。

善良公の曽孫で神聖ローマ帝国のカール5世は、イアソンと50人の船乗りたちを記念し、成員を51名としました。

上の絵でも、カール5世が、金羊毛勲章を身に付けた姿で描かれています。

アルゴ座

アルゴ座は、イアソンの船の名前に由来し、ほ座、とも座、りゅうこつ座の3つに分割されています。