こんにちは!
今回は、モッサの《彼女(エル)》についてです。
早速見ていきましょう!
彼女(エル)
ギュスターヴ=アドルフ・モッサ《彼女(エル)》1905年
ファム・ファタール(運命の女、男を破滅させる女)を象徴的に表現した作品です。
アニメ風でもあり、プラスチック人形風とも言える人工的な女体と童顔の合体は、漫画を見慣れた目にはどこかしら既視感を覚えさせます。
幼女風の悪女
不穏に湧き立つ雲塊を背景に、「彼女」は裸で屍の山に座っています。
山もかなり高そうですが、彼女自身も巨大です。
女性らしく横座りして正面を向き、両腕を前について身体を支えています。
巨大なバストが目を引く一方、肩は狭く丸く、ウエストは太い姿で描かれています。
ロココ時代の宮廷人が好んだ小柄で可愛らしい女性の系譜ですが、ここまで強調されると生身の女体というより、どこか記号的ですらあります。
ふっくらとした頬、こぢんまりとした鼻、形の良い小さな口など、一見、少女のような顔をしています。
しかし、目付きが違います。
感情の欠落した三白眼で、前髪の陰から冷酷にこちらを見つめています。
後輪の文言の意味
金色の後光(光輪)の上にラテン語で、「Hoc volo sic jubeo Sit pro ratione voluntas」と記されています。
これは古代ローマの詩人ユウェナリスの『ローマ諷刺詩集』の一節で、意味は「私の欲しいもの、私の命令、私の意志は理性に勝る」です。
詩には次のような前段があります。
妻が夫に、奴隷を磔刑に処すよう要求しました。
夫がその理由を問うと、妻はこう答えました。
奴隷は人間ではありません、だからたとえ何も悪いことはしていなくとも、私が殺したいと思えば殺せます。
そして先の文が続きます。
これが私の命令なのです、私の意志(意向、思惑)は道理(論拠、理性)に優るのです、と。
つまり理性的判断はしません、という宣言です。
強者の意向がまずあり、処刑のための論拠などどうでもいいということです。
むしろ、殺したいという意志それ自体が殺す理由となります。
本作の「彼女」もまた自分の奴隷たる男たちを殺したいから殺してきたのでしょう。
おびただしい数のそれら犠牲者の上に、同情も憐憫もなく無感動に君臨し、ユウェナリスの詩文を頭上の聖なる光輪とともにきらめかしています。
不吉なカラス
この光輪を両側からなぞるように縁取るのは、真っ黒な2羽のカラスです。
カラスが髪の毛の中に巣を作っていることから、雌雄のペアだとわかります。
卵は髑髏です。
せっせと死を産み、せっせと死を孵しています。
カラス(本来は大ガラス)は賢明の意味合いも持ちますが、多くはネガティブなイメージをまとっています。
闇の領域に属し、処刑された者の肉を喰らい、戦争やパンデミックや死を予告する不吉な鳥とされています。
獰猛な顔つきの黒猫
同じことは、魔女や邪悪と関連づけられる黒猫にも言えます。
「彼女」の脚の付け根に、小さいけれど獰猛な顔つきの黒猫が鎮座しています。
武器ネックレスと骨指輪
またネックレスにぶら下がる飾りは、右から棍棒、ナイフ、ピストルです。
どれも戦いのアイテムで、次第に殺傷力が増していっています。
さらに、これらは男根の象徴でもあります。
「彼女」は、男たちに死ぬまで戦えと命じているのでしょう。
両手に嵌めたいくつもの指輪は戦利品らしく、彼らの骨で作られています。
「彼女」の太腿には血の手形が付いています。
押し潰される断末魔の苦しみの中、死にゆく者は少しても己の存在を刻印したかったのか、それとも単なる未練か、恨みなのか…。
紙片には…
左下の折り目の付いた紙片には、「ニースの画家モッサ」とサインがあります。