こんにちは!
今回は、デルフォイの巫女についてです。
早速見ていきましょう!
デルフォイの巫女(シビュラ、シビラ)、ピューティア
ミケランジェロ・ブオナローティ《システィーナ礼拝堂天井画 デルフォイの巫女》1508〜1512年
シビュラとピューティアの違い
デルフォイのシビュラは、パルナッソスの山腹にあるデルフォイのアポロン神殿にあったアディトンという内室奥の立ち入り禁止区域で予言を行った伝説的存在です。
デルフォイといえばアポローンの巫女であるピューティアが下す神託が有名で、しばしば両者が混同されますが、ピューティアとシビュラは別の存在です。
余談ですが、アニメ『サイコパス(PSYCHO-PASS)』に登場する、精神状態を数値化するシステム「シビュラシステム」も、このシビュラからきています。
そのため、システムが提示した未来のことを「神託」「予言」と言い表しています。
巫女の役割
《デルフォイのシビュラ》1626年以前
古代の巫女は、一種のトランス状態になって神々の託宣を口寄せ(神の言葉を預かる)して伝える役を担っていました。
デルフォイの巫女の神は、理性と文明と肉体美を代表する太陽神アポロンです。
デルフォイは、ギリシャ中部、パルナソス山の南のふもとに位置する聖域です。
ここにはかつてアポロンを祀る神殿があり、入り口に「汝自身を知れ」との言葉が掲げられていたといわれています。
デルフォイの神託
人々はこの神殿の巫女が伝える神託を真実と疑わず、重要な決定はその言葉に左右されました。
人間の運命ばかりか、戦争や国そのものの方向も…。
デルフォイの神託例としてよく知られているのは、スパルタ王が神託によって自国を最強の軍事国家にしたこと、ヘラクレスが「十二の功業」を我が身に課したことなどの他に、ソクラテスの「無知の知」の発見もあります。
これは「ソクラテスより知恵のある者はいない」との神託の意味を解くべく、おおぜいの賢者と対話を重ねたソクラテスがついに辿り着いたのが、「彼らは己が無知であることを知らない。しかし自分は知っている」との認識だった、というものです。
しかし何といってもデルフォイの神託で有名なのはオイディプスのものです。
「父を殺し、母と結婚するであろう」というおぞましい神託を受けた彼と父は、その運命から逃れようと必死の努力をし、逃れたと思った瞬間、まさにその運命の只中にあったと知ります。
この悲劇は、むしろ神託がなければ起こらなかったのではと考えると、「呪い」のようにも思えてきます。
世界のへそ
カミーロ・ミオラ《オラクル》1880年
オラクルとは、神託という意味です。
デルフォイは険しい山々に囲まれた神秘の場所で、現在もパワースポットとして世界中から観光客を集めています。
崩落した神殿や劇場跡、そして「オンパロスの石」も置いてあります。
オンパロスは「へそ」を意味し、石は地中海各地にありますが、デルフォイのものが一番有名です。
上の絵では左側にある石がそれです。
ゼウスが鷲を2羽飛ばして交差した箇所を世界の中心とし、石を置いたと言われています。
その石の近くに、巫女が神託を下す聖域があったそう。
巫女になるには
巫女は常時12人いたようですが、どういう基準で選ばれたのか、どんな訓練を受けたのかなど、詳しいことはわかっていません。
神官と違ってエリート層出身とは限らず、年齢や財産、教養の有無は関係なく、若い女性ばかりでもなかったようです。
神託ってどんなもの?
ウジェーヌ・ドラクロワ《ピューティアに相談するリュクルゴス》1840年頃
依頼者は山羊など生費の動物と料金を持って来て、一人の巫女と相対しました。
彼女の語る予言的で暗示的な神託を、そばにいる男の神官が解釈して伝えたとの異説もあります。
彼女は岩の裂け目に置いた高い三脚鼎(かなえ)を椅子代わりにし、裂け目から漏れ出る蒸気を吸って、月桂樹の葉を噛みながら神託を下しました。
白い蒸気の正体
ジョン・コリア《デルフォイの巫女》1891年
この時の白い蒸気ですが、伝承ではそれが巫女を恍惚状態にしたとされてきました。
ところが、百年ほど前の発掘調査では地表に裂け目は見つからず、蒸気説はいったん否定されました。
これが覆ったのは、1980年代の地質学研究です。
デルフォイの地盤はケルナ断層とデルフィ断層の交点に位置し、地震の摩擦が起きると、アポロン神殿の地盤が加熱されてメタン、エタン、エチレンなどのガスが発生した、との説が有力になりました。
メタン自体は人体に無害ですが、空気中の酸素濃度を低下させる働きがあります。
つまり酸素が欠乏し、長くそこにいると催眠作用が働き、抑鬱状態になったり脈拍が速まることもあり、重篤な酸素欠乏症の場合は死に至ります。
地下の聖域に設えられた神託の場で、巫女はメタンガスを吸い込み、やがて夢と現の境いで神の声を聞いたのでしょう。
というよりも、聞いた、と信じ、信じているのでその言葉は確信に満ち、説得力にあふれていたのでしょう。
依頼者はその言葉に強く影響され、知らず知らず、言われた未来を先取りして行動するようになったのかもしれません。
くり返しガスを吸引した巫女たちは、それほど長生きはできなかったのでは…。
なぜ異教の巫女がこんなところに?
ミケランジェロ・ブオナローティ《システィーナ礼拝堂天井画 デルフォイの巫女》1508〜1512年
上の絵は、キリスト教カトリック教会の総本山であるバチカンのシスティーナ礼拝堂の天井画の一部です。
どうして異教の巫女をここに描くことができたのでしょうか?
古代の巫女たちの神託は、記録・編纂されて『シビュラの書』と呼ばれました。
古代ローマでは、国家の危機の際にこの本が開かれ、政策決定の参考に使われていました。
しかし、他書への断片的な引用を除いてその内容のほとんどが失われました。
ところが、巫女の神託の人気にあやかって、古代のユダヤ教徒がそれをまねた『シビュラの託宣』という偽書を書き、さらにキリスト教とが加筆しました。
その書には、イエス誕生など聖書の出来事が事細かに(都合よく)予言されていたかのように、シビュラの言葉が創作されていました。
そのため、上の絵が描かれた時代には、キリスト教との間で異教の巫女たちが高く評価され、彼女らは旧約聖書の預言者と対になる存在と見なされるようになっていました。