チャールズ1世の超お気に入り画家ヴァン・ダイクが描いた王室絵画を紹介!

こんにちは!

今回は、ヴァン・ダイクが描いたチャールズ1世とその家族の肖像を紹介します。

早速見ていきましょう!

チャールズ1世とヴァン・ダイク

熱烈ラブコール

ヴァン・ダイク33歳のとき、英国王チャールズ1世宮廷画家となり、ナイト爵「サー」の称号200ポンドの年金を手に入れます。

チャールズ1世はイギリスの歴代君主のなかでも特に芸術に興味を示し、美術品を収集した人物でした。

チャールズ1世はヴァン・ダイクのことを大変気に入っており、ロンドン中心部のブラックフライアーズに邸宅兼工房を与えるだけでなく、

王族以外使用禁止だったエルサム宮殿の続き部屋も静養所としてヴァン・ダイクに提供しています。

工房には国王夫妻がよく訪れ、後に国王夫妻専用の道路が敷設されるほどだったそう。

ヴァン・ダイクが存命中にここんなにも厚遇を受けた画家は他に存在しませんでした。

不人気のチャールズ1世

浪費家で、国民に不人気だったチャールズ1世は、王権神授説と絶対君主制の信奉者でした。

ヴァン・ダイクに依頼した絵画は、国民からの指示を得るために描かせた、いわゆるプロパガンダ作品でした。

最終的には1649年、内戦の終結に続いて公開処刑されました。

ヴァン・ダイクが描いた王室一族の肖像画

チャールズ1世の肖像画だけで約40点、妻のヘンリエッタの肖像画は約30点描いています。

今回はその中から代表作を紹介します!

《チャールズ1世とヘンリエッタ・マリア女王の肖像》1632年

《チャールズ1世》1635年

《チャールズ1世の肖像》1632年

《ヘンリエッタ・マリア女王》1632年

《チャールズ1世とヘンリエッタ・マリアと2人の子供たち、チャールズ皇太子とメアリー王女》1632年

《ヘンリエッタ・マリアと小人ジェフリー・ハドソン》1633年

低身長・猫背・出っ歯だった彼女を、原型をとどめないくらい美化して描いています。(笑)

ヘンリエッタはこの絵を見てたいそう喜んだことでしょう。

24歳のヘンリエッタの大のお気に入りの14歳の小人ジェフリーと猿も一緒に描かれています。

当時の王室には、「慰み者」と呼ばれる、白人とは身体的特徴が異なるもの(小人、巨人、超肥満、黒人、異形など…)が集められていました。

小人のジェフリー絵を見てもわかるように、綺麗な服を着ていますよね。

彼らは他の奴隷とは違って、贅沢な暮らしができたそうですが、それは彼らが人間としてではなく、可愛い「ペット」として扱われていたからでした。

後ろにあるオレンジの木は、彼女の両親がメディチ家だということを表しています。(メディチ家の紋章がオレンジを連想させるため)

さらに純潔の象徴でもあるオレンジの木は、彼女の守護聖人である聖母マリアも連想させます。

《馬上のチャールズ1世とサン・アントワープの領主の肖像》1633年

《ヘンリエッタ・マリア女王の肖像》1632-1635年頃

《チャールズ1世の3人の子供たち》1635年

《チャールズ1世の3人の子供たち》1635-1636年

《狩り場のチャールズ1世》1635年頃

ヴァン・ダイクが描いたチャールズ1世の肖像画で一番有名な作品です。

それまで王の絵といえば、宮殿内で豪華な衣装をまとい、いかにも国王然とした態度で描かれていました。

ヴァン・ダイクの作品の新しさは、宮殿では無く野外で、王を中心にせず少しずらして描き、自然体で描きつつも王だとわかるように描いたことです。

従者と馬を暗く描き、王にだけ光を当てています。

さらに、厩王の頭の上の木々が枝葉を下に向け、頭を垂れたように描くことで、頭を上げているのが王だけなので、必然的にこの人物が王だとわかるようにしているのと、王の背の低さを気付きにくくしています。

王だけがひじを張り、少し遠いところを上から見るような視線を向けています。

これらのことから、王冠が無くても描かれている人物が王だとわかります。

最近買ったダリがデザインしたタロットカードにもこの絵柄が使われていました。(笑)

 

右下の岩の部分にさりげなくラテン語で「英国を統治する王チャールズ1世」と書き込んであります。

《チャールズ1世(1600-1649年)》1635-1636年頃

こういうPVありますよね。笑う。

ベルニーニが彫刻を作る際のモデルとして使用するために、この絵を制作してローマへ送りました。

《ヘンリエッタ・マリア女王》1636-1638年頃

《チャールズ1世》1636年

《イングランド王チャールズ1世の肖像》1635-1640年

《チャールズ1世騎馬像》1637-1638年頃

背の低いチャールズ1世を、馬に騎乗して高い位置に描いたため長身に見えます。

イングランドの国王は騎馬像で描かれることはほとんどありませんでしたが、イタリアではよく用いられた伝統的な形式で、その起源はローマ時代まで遡ります。

1548年にティツィアーノが描いた《カール5世騎馬像》は、サイズ、構図ともに酷似しており、彼に心酔していたヴァン・ダイクは、意識的にこれを真似たと考えられています。

 

チャールズ1世の耳元をよく見ると、真珠のイヤリングをしています。

 

首には、聖ジョージが龍と戦っている姿が装飾されているそうですが、見てもよくわからない…

言われてみると龍っぽい何かが見えるような…。

聖ジョージは、殉教者にしてイングランドの守護聖人です。

これは国土を守る者としてのチャールズ1世の役割を象徴しています。

 

この絵画は、おそらく長い回廊のつきあたりに、床すれすれの高さで掛けられていたと考えられています。

作品の縦の長さを考えると、鑑賞者が作品に近寄った場合、ちょうど目の高さに国王の拍車のついたブーツがくるように描かれています。

これは、王の足元で謙虚な気分にさせられることを目論んだのかもしれません。

 

右側には力の象徴である樫の木があり、そこにはラテン語で「チャールズ1世、イギリス王」と銘文が掲げられています。

 

チャールズ1世は優れた騎手でしたが、この巨大で筋肉隆々とした馬を乗りこなす姿は、彼の力と統治者としての能力を示すものでした。

馬の頭部はその体に比べ、相対的に小さく描かれています。

おそらく、国王の頭の大きさに合わせて小さめに描き、王の主導を印象づける目的だったと考えられています。

《チャールズ1世の5人の子どもたち》1637年

左から、メアリー王女、ジェームズ2世、中央の赤い服がチャールズ2世、エリザベス王女、膝の上にいるのはアン王女です。

ジェームズ2世が小さい頃から女装を好んでいたのではなく、当時の幼い子供は女装をして悪魔から身を守ろうとしていました。(男児の方が死亡率が高かったため)

大きなマスティフ犬がいますが、ローマ時代から番犬として活躍し、国家情勢が不安定ななか、子供たちの守護者として描かれています。

ウケが良かった絵を何度も描くことはよくあることで、この構図も超人気で多くのバージョンが制作されました。

作者不詳《チャールズ1世の5人の子どもたち》1637年

上の作品とそっくりですね!

どこの誰が描いたかわからない複製画です…。それだけこの絵が本当に人気があったってことですね。

《チャールズ2世》1638年頃

《ヘンリエッタ・マリア女王》1638年

3人のチャールズ1世が描かれている絵ありましたよね、そのヘンリエッタバージョンです。

ベルニーニが制作したチャールズ1世の胸像の出来栄えにとても満足し、自分のも作ってもらおうと、ヴァン・ダイクに描かせました。

《ヘンリエッタ・マリア女王》1638年

しかし、この絵たちがローマのベルニーニに送られることはありませんでした。

《ウィレム2世とメアリ・ヘンリエッタ》1641年

王家からの依頼で描いていた王女の結婚記念の上の肖像画が、ヴァン・ダイクの宮廷画家としてのほとんど最後の仕事となりました。(完成したこの年に亡くなっています)

メアリはチャールズ1世の長女で、当時10歳でした。

夫となるウィレムもまだ15歳でした。

彼は21歳でオランダ総督となりますが、その3年後に天然痘で急死、メアリも29歳で天然痘で亡くなりました。

2人の間に生まれた男児は、後にイングランド・スコットランド王ウィレム3世になります。