フェルメールの妻カタリーナは聖女?それとも悪女?

こんにちは!

今回は、フェルメールの妻カタリーナについてです。

早速見ていきましょう!

カタリーナ・ボルネス

ヨハネス・フェルメール《真珠の首飾りの女》1662年

貧乏画家とお嬢様

カタリーナ・ボルネスは、名門の資産家の娘で、フェルメールの1歳年上です。

フェルメール家は中流階級でしたが、親族が貨幣偽装に関わって逮捕されていたこともあり、カタリーナの母マーリア・ティンスは2人の仲を良く思っていませんでした。

さらに、カタリーナの家は敬遠なカトリック、フェルメールの家はプロテスタントという信仰の宗派の違いもありました。

そもそも当時のフェルメールは、貧乏画家でほとんど収入もありませんでした。

結婚と副業

カタリーナの母は、家柄と信仰の違いから結婚に反対していましたが、

フェルメールがカトリックに改宗するなど誠意を見せたおかげか、フェルメールが20歳のときに結婚することができました。

結婚後、経済的事情からカタリーナの実家に入り、義母のマーリアと同居していました。

画家だけだとやっていけないので、副業として、家業の宿屋や画商、義母が生活源としていた不動産や貸付金の回収業などもしていました。忙しい…。

子供があまりにも多すぎる謎

ヨハネス・フェルメール《青衣の女》1663年

フェルメールとカタリーナの間には、子供が14人いました。

当時のオランダの家庭の平均出生数が2〜3人だったので、あまりにも多すぎる。

そう、あまりにも多すぎるんです。

夫婦仲睦まじかったのでしょうか?

画家の夫を支え、たくさんの子供の面倒を見るカタリーナには、「良妻賢母」のイメージが定着しています。

でも、もし違ったら…?

14人の子供、というあまりにも一般家庭とかけ離れた子供の数から、カタリーナが浮気していたのでは?ともいわれています。

というのも、フェルメールはカタリーナと子供たちを絵に描きませんでした。

当時のオランダでは、庶民の日常生活を描く風俗画が人気で、母や子など家族の幸せそうな光景が描かれている絵が流行していたのですが、フェルメールは描いていないんです。

単純に、14人の子供の世話で忙しくてモデルなんかやってられなかっただけかもしれませんが。

カタリーナがモデル?

ヨハネス・フェルメール《天秤を持つ女》1664年

フェルメールはカタリーナを描かなかったといいましたが、上の3つの作品のモデルはカタリーナかもしれない説もあります。

どの絵の女性も、お腹が大きく、妊婦のように見えるため、いつも妊娠していたカタリーナかもしれないね!なんていわれてはいますが、描かれている女性の顔からして同一人物に見えないので、違うんじゃないかな〜と個人的には思います。

もちろんどれかはカタリーナかもしれませんし、全てお手伝いさんかもしれません。

どちらにせよ、14人も子供がいて相当にぎやかな家でよくこんな静けさのある絵が描けるなぁといつも思います。