こんにちは!
今回は、フェルメールの《ギターを弾く女》についてです。
早速見ていきましょう!
目次
ギターを弾く女
ヨハネス・フェルメール《ギターを弾く女》1672年
この絵にはフェルメールの特徴的な表現が多く見られるため、一見すると見慣れた彼の作品のように見えます。
しかし本作には、今までのフェルメール作品とは違う点がいくつかあります。
人物を大きく描いた
フェルメールが晩年に描いたこの絵には、画面構成上の大胆な試みが見て取れます。
ギターを弾く女性自身は、絵の右上をほぼ占めている灰色の壁の部分とは対照的に、キャンバスの左下に全体の4分の1ほどの大きさで描かれています。
写真のような構図
優雅にギターを爪弾く右腕はキャンバスの左端で切れており、女性の右膝はぼやけたように描かれています。
写真のスナップ・ショットような描き方は、19世紀の画家ドガの作品にもみられるもので、革新的な描き方でした。
よく登場する黄色い上着とライオンの椅子
フェルメールの妻はこの絵と同じような上着を所有しており、目録には「白い毛皮で端を飾り付けた黄色いサテンの上着」と記載されています。
この上着はフェルメールの5点もの作品に登場します。
彼女の座っている椅子にはライオンの頭部の飾りが付いています。
この椅子もフェルメール作品によく登場しています。
肖像画ではない
ギターを弾く女性の陶器人形のような謎めいた顔の描写は、大部分が影になっており、この作品が肖像画として描かれたのではないことが想像できます。
彼女の顔はその背後にある絵に囲まれており、ここにフェルメールが伝えたいテーマについての手がかりが隠されているようです。
実在する風景画
絵画の中にあるこの絵は、フェルメールの時代に活躍したオランダの芸術家、ピーテル・ファン・アッシュの下の絵を模していると考えられています。
ピーテル・ファン・アッシュ《田舎:夕方の効果》1699年
木の形を投影したような長い巻き毛は、女性の美しさと牧歌的な風景が対応するように描かれています。
フェルメールの時代、こうした愛と自然を結びつけたさまざまなテーマは、詩や歌に共通して見られるものでした。
楽器と恋愛
ギターを弾く女性が演奏しているのも、おそらくそうした恋愛に関する楽曲なのでしょう。
フェルメールはギターの弦の振動を、柔らかく、透き通るような筆遣いで表現しているため、この絵を見るとギターの音が聞こえてくるような錯覚に陥ります。
サウンドホールが多めの絵の具でざっくりと描かれています。
本作は、黄、青、緑といった色調が音楽のリズムを感じさせるように絶妙に配置されています。
ギターの縁取りや上着の毛皮の部分にはモノクロの配色がスタッカートを連想させます。
本の山にも意味が?
適当に積み上げられているように見える本の山も、これがあることで絵のバランスをとっています。
また、真ん中の本はその分厚さから聖書なのでは?ともいわれています。
本の内容が何であれ、この絵に描かれた女性が読み書きできることを表しています(当時女性が読み書きできることはすごいことだった)。
本の山は、絵には描かれていない左側にいる人物を見るために首をかしげて、体をひねる女性の姿勢に対応しています。
本物感を演出
女性とギターに光が明るく降り注ぐ様子を描くにあたり、フェルメールはギターヘッドの部分に見られる光の明るさを、黒と白の絵の具だけで幾何学的に表現しています。
こうすることで遠くから全体を見た際にまるで本物を見ているような感覚をもたらしています。
フェルメールは同様の技法を駆使して、真珠のネックレスで女性の首を飾っています。
この部分では、不透明な白い点に半透明の白い半円を重ねて、首の輪郭に沿ってそのサイズを変化させるという描写をしています。
絵の具の光沢は見る者の側から差し込む光を捉え、日の光によって輝く真珠のきらめきを思わせます。
ギターを支える女性の膝は、焦点がずれて見えるように描かれています。
これは、実際に目で見ているような視覚的効果を再現しており、椅子に座った女性が近くに立っているという感覚、そしてこの場面を共有しているという感覚を生み出します。
女性ではなく背景の絵にピントが合っていることから、カメラ・オブスクラ(カメラの原型)を使用していたのでは?ともいわれています。
隠れたサイン
ギターの対角線上にフェルメールのサイン「IVMeer」が記されていますが、窓枠の部分にあるこのサインはほとんど見えません。
絵のこの部分に署名を残すことで、ギターを弾く女性という絵の主題が左側を占め、その右側が比較的空いているという、アシンメトリーな構成に均衡をもたらしています。
当時の木枠
この絵は当時の、もしくはほぼ同時代の木枠に残されたフェルメールの唯一の作品です。
極めて良好な状態で保存されており、後の時代の補修の痕跡は残っていません。
晩年の作品はあまり評価されていない
フェルメールの晩年の1670年代の作品は、明らかな画力の低下が見られ、この時期の作品は一般にあまり高く評価されていません。
本作品も1660年代の最盛期の作品に比較すると表現が平板で単調です。
彼女の髪や額縁などが異様に平板に描かれています。
パン代にこの絵を渡した
フェルメールの死後、妻がパン屋に借金のかたとして本作と《手紙を書く婦人と召使》を渡しています。
来歴を見ると、母から娘にこの絵が渡っていったようなので、借金は無事返して、この絵を取り戻したようです。
盗難事件
1974年2月23日、ロンドンのケンウッド・ハウスからこの絵が盗まれました。
犯人からは絵の返却と引き換えに政治的な要求が突き付けられ、その内容からIRA系の人物の犯行と推定されました。
要求が通らない場合は絵を燃やすとの声明もありましたが、盗難から2か月半後の5月6日、匿名の人物からの電話通報により、絵はロンドン市内で無事発見されました。