実はイケメンだった?ムンクの恋と発砲事件!

こんにちは!

今回は、狂気の画家ムンクの恋愛エピソードを紹介します。

早速見ていきましょう!

ムンクとその恋人たち

代表作《叫び》など、暗くて絶望的で狂気を描いた画家ムンクは、意外にも高身長イケメンでモテモテでした。

精神鬼病みの人生でしたが、意外にも(?)80歳と長寿で、生涯独身でした。

そんな彼の人生に特に影響を与えた女性3人を紹介します。

初恋の相手 ミリー・タウロウ

Primer ciclo

 

灰

《灰》1894年頃

ムンクの初恋は20代前半、社交界の花形だったミリーは3歳年上で人妻でした。

夫との関係はすでに破綻していたようですが離婚していなかったため、ムンクは手記などで「ハイデルベルク夫人」と呼んでいました。

人妻ミリーに誘惑され、5年間さんざん翻弄された挙句、捨てられます。

《吸血鬼》1895年

発表時のタイトルは《愛と苦悩》でしたが、後にポーランドの作家ブシビシェフスキが《吸血鬼》と呼び、それが定着したそう。

なので、ムンク自身も「キスをしているだけ」と語っています。

でも首元噛んでいるようにしか見えませんよねぇ…

《声、夏の夜》1896年

皆のマドンナ ダグニー・ユール

 

マドンナ

《マドンナ》1894-1895年

ベルリンの「黒仔豚亭」というカフェ(現存せず)で、芸術家グループのマドンナ的存在だったダグニーは、その性的奔放さから「アスパシア(有名な遊女の名前)」というあだ名で呼ばれていました。

ムンクと同じノルウェー人で4歳年下でした。

彼女の叔父はノルウェーの首相、父親は医者という裕福な家庭に生まれました。

30代前半のムンクも、「黒仔豚亭」のメンバーと同じように彼女に夢中になり、かなり嫉妬したそう。

結局「黒仔豚亭」のメンバーの中から彼女が選んだのは、ブシビシェフスキ(ムンクの《吸血鬼》の名付け親)でした。

結婚後もミステリアスな雰囲気と美貌と知性で多くの男性を魅了し続けたそう。

聖女 トゥラ・ラルセン

エドヴァルド・ムンク --その生涯-- ⑥/⑮ | Mathilde au Japon (マチルド・オ・ジャポン)

 

《罪》1901年

ムンクが35歳のときに出会ったトゥラは、聖女のような女性でした。

しかし、結婚願望が強く、ムンクに何度も結婚を催促し、ついには勝手にムンクとの結婚を発表し、ムンク大激怒、修羅場に。

もみ合ううちに彼女の拳銃が暴発し、ムンクは左手中指の先を失います。

トゥラを描いた上の絵から滲み出ている狂気が怖い…。目怖い…。