ムンクの叫びは4枚以上ある?叫んでないの?謎の落書き?超解説!

こんにちは!

今回はムンクの叫びについてです!

ムンクは、作品のイメージを手元に残しておきたいという思いから、作品が売れて手元からなくなると、代わりとして再度描いていました。

なのであの有名な《叫び》は実は4枚あるんです!(リトグラフ除く)

早速見ていきましょう!

叫び

1.1893年

 

エドヴァルド・ムンク《叫び》1893年 油彩画

ムンクの《叫び》として一番有名なのは、第1作目、この絵です。

オスロ国立美術館にあります。一番有名なのにムンク美術館にないっていうトラップ。

何が描かれているのか

友人と散歩しているとき、太陽が沈みかけ、突如空が血のような赤色に変わった。

具合が悪くなってきて立ち止まると、「自然を貫く果てしない叫び」無限の悲鳴が聞こえた。

ムンクはこの絵についてこのように記しています。

叫びを聞きながら叫んでいる

この絵の解説でよく、「自然の叫びを聞いているのであって、叫んでいない」とありますが、個人的には、「いや、叫んでるでしょ?どう見ても叫んでるよ、だって口開いてるし」です。

耳を塞いでも聞こえてくる自然の叫びと共鳴するように、自らもその狂気の中で叫んでいるように見えます。

このうねりは、ゴッホを思い出させます…ゴッホも相当病んでいたので、徹底的に病むと、世界がこんな感じで見えるのかもしれません。

誰?

デフォルメされていて、男性なのか女性なのか、

黒いコートなのか、ドレスなのか、

なんでハゲてるのか、全部ナゾです。

この絵は、「ムンクの叫び」として有名ですが、ムンクが描いた《叫び》という絵なだけであって、この人物が誰かはわかっていません。

人物って言うよりも「恐怖」や「不安」の概念を描いている感じがします。

ちなみにモデルは、当時のパリの人類史博物館に展示してあったミイラでは?といわれています。

舞台

ぱっと見、橋の上で、下は川に見えますよね?

私はずっとそう思っていましたが、実はもっと上にいたんです。

絵の奥の方に見える船の大きさからして、相当離れているはず…

オスロのエーケベルグの丘が舞台だと言われています。

検索して写真見てもらうとわかるのですが、とってもいい眺め…

ムンクは高所恐怖症なのに、なんでこんなところ散歩していたのか謎だなって思ってます。

妹が入院していた精神病院

ムンクのが、精神病を悪化させて、エーケベルグの丘にある精神病院に入院していたことや、近くに屠殺場があったことが関係している説もあります。

構図

背景が逆三角形で、叫んでいる人物に集約され、不安定さが強調されています。

絵の中にある謎の落書き

 

絵の左上に、「この絵は、狂人にしか描けない」という鉛筆で書いた落書きがあります。

ムンクの可能性は低く、誰が書いたのか長年謎のまま…だったのですが、

2021年2月22日、ノルウェー国立美術館が、この落書きを書いたのはムンク本人だと発表しました。びっくり。

赤外線で解析したところ、本人の筆跡と一致したそうです。

余談ですが、徳島にある全部レプリカの大塚国際美術館にあるムンクの《叫び》にも、この鉛筆書きの部分が再現されていて、感動しました。(笑)

盗難事件 パート1

1994年、リレハンメル・オリンピックの開幕日、2人の男がオスロ国立美術館に侵入し、「手薄な警備に感謝します」というメモを残して、上の1893年の《叫び》を盗みます。

事件から3ヶ月後、犯人は逮捕され、作品も綺麗な状態で見つかります。(盗難にあうと、絵の保管がずさんでボロボロになりがち)

どうやって本物だと証明するのか

盗難から帰ってきたとしてもここからが大変で、何が大変かというと、本当に本物だと証明しなければなりません。(過去盗難に遭ったため、ルーヴルにあるモナリザは偽物だといまだに主張する人もいるそうで…)

この絵の場合は、ある特徴的な汚れが絵にあったため、本物だとすぐわかったそうです。

 

何かというと、この絵には公開された当初からロウが付いており(正面の人物の左)、汚れまで本物と同じように再現することは難しいことから判断できたそうです。

そもそもなんでロウなんかが絵に付いているのかというと、ムンクはわざと自分の絵を汚したり傷をつけたりしていたからです。

これをムンクは、「へステキュール(荒療治)」と呼んでいました。

2.1893年

エドヴァルド・ムンク《叫び》1893年 クレヨン

3.1895年

エドヴァルド・ムンク《叫び》1895年 パステル

4.1910年

エドヴァルド・ムンク《叫び》1910年 テンペラ

2018年のムンク展で初来日したのが、このバージョンでしたね!

盗難事件 パート2

2004年、覆面マスクに銃を持った男たちが、ムンク美術館を襲撃します。

絵の盗みに銃が使われたのは、この事件が初めてで、衝撃は大きかったそう。

上の1910年の《叫び》と《マドンナ》が盗まれてしまいます。

1年後犯人は捕まりますが、肝心の絵が見つかりません。

犯人たちが証拠隠滅のために焼いてしまったのでは?なんてウワサされましたが、盗難から2年後、ようやく2枚とも発見されます。

しかし、予想通り、かなりボロボロの状態で、「修復不可能では?」なんて声もありましたが、なんとか鑑賞できるレベルまで修復できたそう。

修復家ってカッコイイな…

番外編:スケッチとリトグラフ

ムンクは、多数のスケッチやリトグラフ(版画の一種)を残しています。

その中から、いくつか紹介します!

《叫び》の3つのスケッチ 1893-1895年

《叫び》1895年 リトグラフ

《叫び》1895年リトグラフ

《叫びをあげる頭と伸ばした腕》1898年

…ホラーかな?

まとめ

《叫び》複数枚あり、最初に描いたものが一番有名
・自然の叫びに耳をふさいでいる絵